by 週刊文学文芸編集長
転校初日、マイク・XXXXXXXは小さな失敗をした。
新しいクラスメイト達はその滑稽なファミリーネームに気を取られて、まずはその事でもちきりで、最初にからかうのにうってつけのネタだったし、どんな風にからかってやろうかとそればかりに気を取られ、彼の失敗を誰もが目撃していたにも関わらず、マイク・XXXXXXXなる人物を誤解するハメになってしまった。
スーザン・サランドンそっくりのベイカー先生も、早くもマイクにあだ名をつけようとする教え子たちを黙らせるのに一生懸命で、マイクが犯した小さな失敗にはむしろ、感謝の念すら憶えていた。
「はいはい、みんな黙って。仲良くしてちょうだい。先生、トラブルは大嫌い。マイク、あなた大人ね。正解だわ。ミズホの隣に座りなさい」
幸運にもマイクは、小さな失敗の原因となった黒髪の少女の名前を知る事ができた。ミズホ、ミズホ。マイクはそう心の中でささやきながら、少女の隣の席に腰掛けた。
「ハーイ」あまり馴れ馴れしくならないよう、努めて紳士的にマイクは声をかけた。
「ハーイ」無表情のままミズホは、ちらりとだけマイクを横目で見た。16才にもなってミズホはまだ男の子が苦手で、サリーが仲間たちとする<いかがわしい>話のほとんどが意味不明であり理解不能だった。しかしながら見かけはクールに振る舞っていたので、ブー(本当はローズマリーという可愛らしい名前がある。ブーなんて本当になんて<ヒドい>あだ名)のようにからかわれたり馬鹿にされる事も無く、サリーをはじめクラスの女の子たちからは、(東洋人だというせいもあるのか)神秘的な魅力を買われていたりもしたのである。
マイクはというと、教室に入るなりいきなり眼に飛び込んで来たのが長くて黒い髪だった。まるでそこだけ時間がゆっくりと動いているように、ミズホの髪はウェーブしていた。直後から彼はマジに死後硬直状態で、馬鹿のように口を開けたままずっと彼女を見ていた。つまりはミズホのオリエンタルな魅力に瞬殺されたというわけだ。ベイカー先生がマイクのファミリーネームを告げた時も、沸き上がる笑い声にいつもならぶすっとガンをくれてやるか、呆れ顔でいなすところだったが、ミズホの溢れるような笑顔に思わず頬の筋肉がスマイル方向へ持ち上がってしまっていた。と、これが彼にとっての小さな失敗である。
転校が多いマイクには、自分の苗字が馬鹿にされる事など日常茶飯事で、ここ2回ほどは「ああ、またか。単細胞め」という呆れた顔で軽くいなしていた。バカ面で笑っている奴に飛びかかってクラス中の乱闘になった事もある。ベイカー先生はこの時の担任でなくて幸運だった。当時62才だったボビー・ベニング先生は、この時腰を打ったのが原因で隠居してしまったほどだ。幾度となく転校を重ねているうち、マイクにもこれは得策じゃないと解って来た。そして最もクレバーでクールな方法が「呆れ顔」なのだと悟り始めていたのだ。知っているジョークと名前が似ているからというだけの理由で、ニキビのバカ面に空いている穴を更に大きく開けてバカ笑いするバカ野郎に、一族の沽券とプライドをかけたパンチを食らわすのは流石に得策じゃないという事については、さすがのマイクも解りかけて来ていたというわけだが、まさかそれより更に得策じゃない、最悪の事態を招く失敗をここで犯してしまったとは、彼自身露ほども感じてはいなかった。
当の本人はというと、着席してからずっとミズホに見とれていた。まるで瞬きする間も惜しいほどにである。気味悪がったのはミズホである。視野に入ってくる範囲でしか認識できないが、自分の隣に座った転校生は、どうやらさっきからずっと自分を見ているようだ。それも気味の悪い笑顔で。この状態は授業が終わるまで続いた。
ベイカー先生の地学が終わると、生徒たちは一斉に教室を出て行った。ミズホも立ち上がって教室を出ようとした時、マイクがまた声をかけた。
「ハーイ」
「ハーイ、それしか喋れないの?」
「そうだ。あ、そうじゃない」
「そのようね。次の授業は3階のB。そこどいてくれない?」
「あ、ごめん」
「さっきから、どうしてあたしを見てるの?」
「わからない」
「あんたってバカ?」
「そうだ。あ、そうじゃない」
「あなた、どこの国の人?」
「え?どうして」
「だって、あなたさっきから、Hi,Yes,No,Sorry,I don't know,Whyしか喋ってないわ」
「ごめん。その、君がその、とても、とても、その、何て言うか… か、変わってるんで、落ち着かないんだ」
「なにそれ!随分と失礼な事を言うのね。あなただってとてもとてもとーってもおかしいわ」
「そうだね。多分君の言う通りだ。ぼくは、多分おかしい。変わり者なんだ。はははは」
「それ、あたし好き。ビリー・ジョエル。ちょっと!どこまでくっついて来る気?」
「あ、ごめん」マイクは廊下の中程で足を止めた。ミズホは振り向きもせずに歩き去って行く。
「ぼくはビリーじゃなくてマイク。マイク・XXXXXXXだよーっ」
「あなた、やっぱりアメリカ人じゃないわ」このミズホが去り際に残した捨て台詞の意味はまったく理解不能だったが、マイクは彼女と話した事でちょっと満足した。彼女の長い髪が揺れて、マイクは暫くそれを呆然と見送っていた。彼は夢の中だったのである。しかしまあ、大目にみてやろう。このすぐ直後に、マイクは現実の厳しさに突き落とされるのだ。
突然、マイクは脊椎に衝撃を感じた。原因は火を見るより明らかだ。どこかのバカが堅い棒か何かでマイクの背中を突いたのだ。たまらずにマイクは大声を上げて海老反ると、崩れるようにその場にうずくまった。すると今度は別のバカの足がマイクの横腹に蹴りを入れた。彼はまた大声を上げると、今度はもんどりうって横倒しになった。それからは無数の足が何処からともなく飛んで来ては、顔面、背中、腕、足、腹、踝、肩、膝、肘、耳、肩甲骨、肋、股間、尻、その他名前の無い場所までも、ヒットし続けた。マイクは丸まってガードを固めたが、人間というのはアルマジロや亀のように出来てはいないのだ。
サ・イ・ア・クだ。マイク・XXXXXXXはこの時初めて自分の犯した過失に気付いた。今彼の身に何が起きているのか、大体の想像はつく。教室でベイカー先生が気を遣いながらも彼の名前を親愛なるクラスメイツに告げた時、自分はどうしていた?そうだ。黒髪の彼女に見とれていて、間の抜けたバカ面でヘラヘラと笑っていたのだ。コイツ等はそれでこのマイク・XXXXXXXを誤解した。何処へ行っても虐められっ子の、何をされてもヘラヘラと笑っているしか能のない、意気地無しのチキンハートの、<ナーズ>だと!
「ヘイ!ヘイヘイヘイヘイ!コイツ血吐いてるぞ、死んじまうぞ!」バカの一人が蹴る足を止めて叫んだ(多分声の主は止まってる足の主と同一人物だ、とマイクは遠のく意識の中で思った)。号令がかかったように、他の足も止まった。<アレ>を着ていない時に襲撃に遭うなんて、まるで計算外だ。マイクは2つの事を学んだ。自分の名前を冷やかされている時に、ブルネットだろうがブロンドだろうが黒髪だろうが、女の子に見とれない事。そして登校初日であっても<アレ>は着ていた方がいいという事。
気がつくとマイクは保健室のベッドに寝かされていた。起き上がろうと腕に力を入れたら全身が痛んだ。右目が腫れ上がっていて開かない。
「随分とハデにやられたもんだわね」ぼんやりと見えるマイクの左目を覗き込んでいるのは中年の女性だ。
「新入生ね。私は保健婦のアネット・マクドナルド。アニーでいいわ」
「やあ、アニー。気分は聞かないでくれる?」
「相手が判ってるからって、訴訟を起したって無駄よ。ここではあたし等の誰かがクビになって、それでオシマイ。あんたはまた同じ目に遭う」
「安心していいよ、アニー。ぼくは訴訟なんて起さないから」
「相手の顔を見てないのね」
「顔は見てないけど、相手は判る。ここいらには毎日スニーカーを履き替えられるような身分の奴はいないだろうからね。でもぼくは訴訟なんてしない」
「頼むわ。ほんのちょっとの我慢だし、慣れれば逃げ場所にも明るくなるわ」
「いや、ぼくは我慢は嫌いだし、逃げもしない」激痛に耐えながら、マイクはガバッとベッドから飛び出した。「それにぼくは、株で食ってるひょろひょろのヤッピーみたいに、なんでも訴訟するほどヘナチョコじゃないんだ」
「そう、頼もしいわね」アネットはそう言って、初めて笑ってみせた。マイクは誰かに似ていると思った。ウーピー・ゴールドバーグなんて名前、憶えちゃいなかったが。
「ありがとうアニー。葬式には出るよ」マイクは憎まれ口を言い残すと保健室を出て行った。
保健室を出たマイクの足取りは、何故か軽かった。彼はこの学校で2つの目的を見つけたからだ。1つ目は、今朝自分をサッカーボールと間違えたバカどもを徹底的に叩きのめす事。もう1つは、ミズホ。そうあの黒くて長い髪。溢れる笑顔。あの子ともう1度話をする事だ。
翌朝、ミズホ・タカサキは隣に座っているおかしな新入生の瞼(特に右)が晴れ上がっているのと、額と顎に貼られた絆創膏に驚いた。ベイカー先生は見て見ぬふりだ。もっとも、彼女には何が起きたかがハッキリ判っていたけれど。
「どうしたのよ、一体?」ミズホがマイクに小声で話しかけて来た。彼の2つ目の目的は、案外と簡単に叶ってしまった。
「美容整形がヤブだったんだ」
「ウフフ」
ミズホの笑顔を見て、マイクはたまらなく嬉しかった。左目でウィンクをしたら目の前が真っ暗になった。
「あいつらの仕業ね。エド、サム、キース…」
「ベン、ジェフ、チェン、チコ、それにバドだ」
「顔を見たの?あいつらいつも顔を見られないようにやるのに」
「顔は見ちゃいない。エドはリーボックのポンプフューリー、サムとキースはナイキ・エアジョーダンのヴァーシティレッド とレトログレイ、ベンはターミネーター・ノンエア1985年モデル、ジェフのはカスケードのレプリカ、チェンはラインマンのワークブーツ・1964年モデルの復刻版、緑色のアディダス・スタンスミスはチコだ。それからバドの履いていたのはレッドウィングのロガーブーツ」
「わお」ミズホは目を丸くして驚いた。「ちょっと!あいつら、こっち見てる。話が聞こえたのかな?」
「いや、奴らはぼくの事をチンケなチョロ憎だと思っていやがるのさ。8対1じゃまずぼくに勝ち目は無いと思ってる」
「それって正解じゃない?まず勝ち目は無いわよ」
会話はそこで途切れた。ひそひそ話をする2人に、講義中のベイカー先生が気付いたのである。
2つの目的のうち1つが終了してしまった途端、マイクは少し残念な気持ちになった。札付きのワル8人が初日から自分をボコボコに痛めつけた。その8人が誰なのかも明確に知ってしまった。恐らく放課後には決着が付き、奴らは世の中には自分たちより格段に強い奴が居るという事を思い知るだろう。しかしそれは、マイクがこの学校を去るべき時が来た事もまた、同時に意味するのである。もうほんの少しだけ時間があれば、ミズホ・タカサキの笑顔がもっともっと見られたのに。彼女の誕生日には抱えきれない程の花束と、彼女の黒髪に合うだろう日本の櫛をプレゼントしたかったのに。彼女の誕生日も知らないまま、またこの学校を、この街を出て行かなければならなくなるのだ。
校舎の裏手には鉄条網に囲まれた駐車場があった。壊れかけたバスケットのゴールと廃車に古タイヤ、廃棄処分になった什器などが無造作に転がっている。この一角を通り抜ければ、表通りのバス停までショートカットだ。しかし生徒は誰もここを通ろうとしない、バドたち8人を除いては。何故ならここは、放課後になるとバドと仲間7人のワルたちの溜まり場になるからである。およそ脳みそを頭に乗せている者なら、ここを通ればどんな目に遭うか想像がつく筈だ。新入生だからといって、この事をマイク・XXXXXXXが知らなかった筈もない。学級委員のテリー・エリソンがマイクに最初に教えてくれたのが、ここを通るなという有り難い忠告だった。お陰でマイクは、8人の居場所を簡単に知る事ができた。
「おや?XXXXXXXが来るぜ。何しに来たんだXXXXXXX。またボコボコにされたいのか?」エドが最初にマイクを見つけた。
「おやおや、本当にXXXXXXXだぜ。こりゃ驚いた」キースが口笛を鳴らした。
「XXXXXXXがXXXXXXXで、XXXXXXXだってかい?あっはっはっはっは」大柄のジェフはドラム缶の束に尻を乗せていたが、飛び降りて金属バットを引き擦りながら近寄って来る。昨日マイクの背中を突いたのは、恐らくこのバットだ。ベン、サム、チェン、チコもチェーンやハンマーなどを振り回しながら現れた。
「おまえさんがたさあ」マイクは言う。「XXXXXXX、XXXXXXXってそんなに面白いかい?こっちは3つのガキだった時分から、ずーっと聞かされて来てんだよ。いい加減、飽き飽きしてくるぜ。その低能ギャグにはよ」
「なんだとお!」ジェフが切れた。金属バットを振り上げてマイクの脳天を狙い、駆け寄って来る。マイクはすかさず持っていたサングラスをかけた。目の前を七色の光が交差する。ピピピピピっと軽快な音を立てて<スーツ>にパワーが送られた。バットがマイクの頭上わずか20センチに迫ったところで、ジェフの動きが急に緩やかになる。いや、正確にはマイクの動体視力と脳の映像処理能力がアップしたのだ。これが<スーツ>のパワーである。間一髪の間合いでバットを避けると、ジェフの振り下ろしたバットは空しく空を切り、地面のコンクリートを砕いた。
「待て!」廃車になったトラックから、バドが降りて来た。「おい、マイク・XXXXXXX、お前はバカなのか?どう考えたってこの状況はお前さんに不利だぜ。それを承知で仕返しに来たんだとしたら、お前さんは救いがたいバカか、自殺志願者だって事だ」
「ぼくは仕返しに来たんじゃない。君たちに教訓を与えに来たのさ」
「笑わせるな、糞ったれ!」サムからハンマーを奪い取ったバドが、マイクの左テンプル目がけて振り上げて来た。マイクは右手でハンマーを掴み取ると、15キロの鉄の塊が彼の拳の中で砕け散る。そのままマイクの肘はバドの顎を直撃。顎の骨を砕かれたバドは奥歯を吐き飛ばしながらクルクルと4回転してぶっ飛ばされた。
「やろう!」それを見たジェフが金属バットをフルスウィング。マイクの肋骨をへし折るつもりだったが、このタイミングではマイクにしてみれば待ちくたびれてアクビが出そうだった。確かにバットはマイクの肋骨を直撃したものの、まるで飴のようにグニャリと曲がり、脇の下に挟み込まれて持ち上げられ、ジェフの体は今度は縦方向に回転しながら浮き上がり、廃材の上に叩き落とされた。さて次は誰の番だ。
キース、エド、ベン、サム、チェン、チコがそれぞれ武器を手に一斉攻撃を仕掛けたその時、何処からか一条の閃光が走り、彼らとマイクの間を直撃した。地面は激しく砕け散り、熱風でマイクまでもが吹き飛ばされた。
一体今のは何だったんだ。マイクが起き上がると一面は焦土と化し、キースら6人は鉄条網の外まで吹き飛ばされて、呻きながらのたうちまわっている。マイクの服もボロボロに裂け、黒いスーツの表面が露出した。
「あははははははは」
それは聞き覚えのある女の声だった。校舎の2階から突き出たバルコニーに立つその影は!
「ミズホ!」マイクは思わず叫んだ。
「何をするんだ!ミズホを放せ、アニー!」そう、笑い声の主は他ならぬアネット・マクドナルド。彼女もまた黒いサングラス、黒いスーツに身を包み、左腕をミズホの首に巻き付け、右腕のブラスターがまたもやマイクに向かって火を噴く!
放たれた閃光は横跳びするマイクのすぐそばをあわや間一髪でかすめ、トラックを爆破した。
「どういう事なんだ。アニー!」絶叫するマイクを狙い、次々とブラスターを発射するアネット。右へ左へと閃光を避けるマイク。やがてマイクは廃材の間に身を隠し、アネットは片っ端からブラスターで死角を吹き飛ばして行く。しかしマイクの姿は現れなかった。
「あははははははは!逃げ回っても無駄よ、マイク・XXXXXXX。お前が<会社>からどんな指令を受けているか知らないが、私はずっとあんたの事を待っていたのさ。スーツ・レベル32の特殊装備、ブラスターフォームをお見舞いしたくてね」
「助けてー!」アネットの腕の中でミズホが叫んだ。
「ミズホー!」マイクはあらん限りの声を張り上げた。するとアネットは「フン」と鼻を鳴らしたかと思うと、ブラスターの掃射を止め、すうっと右腕をミズホに向け直した。
「マイク・XXXXXXX!よくお聞き。この距離でブラスターを発射したらどうなると思う?彼女の腰から上は一瞬にして蒸発するだろう」
「やめろーっ!」
「フン。やはりおまえの弱点はこの女か。おとなしく出てくるのだ。さもなければ…」
「わかった。わかったからやめてくれ!」覚悟を決めてマイクはアネットの前に姿を見せた。アネットはミズホを抱きかかえたままバルコニーから駐車場へ飛び降りた。
「ふふふふふ。素直になったね。このまま殺してしまうのは惜しくなったよ。もう少し楽しませてもらわなくちゃね。ゆっくりこっちに歩いて来るんだ」マイクは言われた通りにアネットへ歩み寄った。両者の間が僅か10メートルに迫った頃、アネットはストップをかけた。「ストップ!そこで止まりな。サングラスを外して、こっちにお投げ!」
マイクはサングラスを外すと、アネットに放り投げた。サングラスはマイクから3メートル、アネットから7メートル付近に落ちた。アネットは計算した。サングラスを外した時点で、マイクの<マトリックススーツ>は効力を失っている。出来るだけ近くに放り投げたつもりだろうが、自分がサングラスまで辿り着いたところで、マイクに何ができるというのだ。彼女は人質と伴に7メートルにじり寄り、マイクのサングラスを踏みつぶした。サングラスはアネットの靴の下で粉々になった。マイクの顔に失望の色が浮かんだ。少なくともアネットにはそう見えた。
「助けてマイク!何なのよ一体。あたし今日お誕生日なのに」泣きじゃくりながらミズホが言ったその一言で、マイクの心に火がついた。そうか!今日がミズホの誕生日!最期に彼女の誕生日が判っただけでも、幸福な事だ。
「ハッピーバースデイ、ミズホ。アニー、もうぼくには何もできない。ミズホを放してやってくれ。目的はぼくだけだろう?」
勝利を確信したアネットには、一瞬の隙が生じた。ミズホを拘束する左腕が緩んだその僅か数十分の一秒、マイクの左手がアネットのブラスターブーストを弾き飛ばし、右手から繰り出された電光石火の正拳突きが彼女の眉間に炸裂した。彼女のサングラスは真っ二つに割れ、左右に飛んだ。
「何故…どうしてだ」アネットの体はそのまま仰向けに倒れた。
「冥土の土産に種明かしをしよう。ぼくはサングラスを外してはいないんだ。目が腫れ上がっている事を利用して、サングラスの上から肌色の塗料を塗り、リアルな目を描いたんだ。その上から市販のサングラスを掛けていたって訳。至近距離ならばれると思ってヒヤヒヤものだったよ。でも、まんまと騙されてくれた。あんたが踏みつぶしたサングラスは10ドルもしない安物さ、ホラね」そう言ってマイクが今度は本当にサングラスを外すと、中から同じように腫れぼったく細い目が現れた。
「ふふ」とアネットは軽く笑って、こと切れた。
「葬式には出るって約束したろ、アニー」
戦いの翌日、マイク・XXXXXXXには退校処分が言い渡された。駐車場で起った爆破事件は見事に揉み消され、奇跡的に生き残ったバドら8人は口をつぐんで、決して悪夢を語ろうとはしなかった。アネット・マクドナルドは存在そのものが学校の記録から抹消され、死体もスーツも全く発見されなかった。
「あなたたちって一体、何者?」マイクをバス停まで見送りに来たミズホが訪ねた。
「あまり、詳しくは話せない。君をまた危険な目に遭わせたくないから。でも事の発端は3年前、ぼくが普通では見られないインターネットのサイトを偶然開いてしまった事から始まるんだ。それからは、もう、成るように成れさ」
作者としても、あまり詳しく話してもらっては困る。これらの謎は、「変身入門―上級編―」に引き継がれる事になっているのだ。
「アネットもやっぱりそのサイトを見たの?」
「ああ、多分。レベル32って言ってたから、僕よりずっと前に見たんだろうな。でも彼女の場合、戦いの中で強さに溺れてしまった。本当に大切なのは、暴力を憎む気持ち、戦いを拒む勇気なんだ」
終