名探偵退場

by Nero Padrone



 MAIN MISSION 1
 その時、俺は豪華なソファーに足を組んで座り、ムズムズする右の鼻の穴から指先で鼻毛を何度も引っこ抜く事に専念していた。
 二本ばかりまとまって鼻毛が抜け、抜いた後に必ず発生する後遺症みたいな代物。
 えぐいクシャミを三回ばかり爆発させ、四回目の爆発が出そうで出ない状態の時。
 同じソファーに、俺の右横の端に腰掛けた近代池凶三朗が呟いた。
「そうか。そう言う事ならば辻褄だけでなく……、謎がすべて解けた」と。
 そう。あの有名な名探偵一家の四代目である。
 一説によるとこの近代池一家。
 初代の近代池狂助は生涯独身主義者であったが為、二代目とされる近代池零次とは血縁関係がまったくない赤の他人で、初代の狂助以降の近代池は名を詐称する完全無欠のカタリ野郎であると言うかなり信憑性の高い醜文が一時巷を騒がせたが、それは兎も角。
 多少の当たり外れはある物の二代目の零次と三代目の肇、そして四代目の凶三朗は戸籍上及びDNAの鑑定レベルで親子であり自他共に世間に知れ渡った探偵、いや名探偵と言うカテゴリーに分類される一家の現当主である事に間違いはない。
 その近代池凶三朗がアノ名セリフ『謎がすべて解けた』と呟き、トレードマークのメタルの飾りが腐る程付いた瑕だらけの革ジャンの上に乗ったアフロヘアーの中に両手を差し入れてバリバリと頭皮を爪で狂ったように強く掻きむしり続けながら俺の方を見た。
 その近代池凶三朗の反応は誰がどう見ても自然に見えた事だろう。
 俺のナリはブルーの制服に星二つ、ゴム長履いた箱番のお巡りさんなのだから。
「仲井妥雁(なかんだかりと読む)巡査長。恐れ入りますが皆を広間に集めてもらえますか。犯人が、いえ、犯人がわかった事は伏せて皆を集めて下さい」
 頭皮を掻きむしる手を止めて近代池凶三朗は俺にそう言ったのだった。
「わかりました。いえ、心得てます。近代池さん。犯人に逃げられたり、開き直って暴れられないように適当な理由をでっち上げてでも皆を広間に集めるんですね」
 そう言い残し俺はソファーから立ち上がっていた。
 四発目のクシャミは完全に不発に終わっていた。
 
 INTERMISSION 1
 高取悟は部屋から出されると教誨師のいる部屋に連れてこられた。壁の上の方の窓から外からの光が差し込んでいる。その久々に見る太陽の光の下、高取悟は教誨師の話を完全にシカトしてその自然の光を見つめ続けた。やがて諦めたように教誨師が消え、煙草と饅頭を与えられたので煙草を選びふかした。フィルターの根元まで吸うと煙草の吸い殻を灰皿で潰すように消すと看守二人に促され高取悟は死刑執行室に向かった。廊下に三人の男の靴音と靴音に重なった足錠の鎖の音が響く。執行室に入ると高取悟を辺りを見回す。正面に垂れ下がった太いロープ。その下にある文字通りに奈落に落ちる為の二つに割れる床。その両脇には分厚いカーテンが引かれ舞台そのものに見えた。舞台に上に立つのは死刑執行人と立会人が数人。儀式に則りどこかでこちらを見守る三つのボタンの前に立つ三人の男たちに合図を送る男とそれを手伝う男たちだった。執行人が二人かがりで高取悟の肩を押し奈落へ落ちる床の上に立たせて、目隠し用の黒い袋を高取悟の頭に被せる。息が苦しく自分の心臓の音が激しく聞こえる。袋の上からロープがかけられる。重い。重かった。ロープが高取悟の顎の横で固定され執行人がそれを手で確認する。心臓の音が鳴り響く最中、闇の中でその舞台の上から執行人たちが離れる音と気配を高取悟は感じる。
 ガタン!
 落とし戸となった奈落へ続く床が開き高取悟は落下した。
 死刑執行人の宣言。
「11時04分。刑執行。受刑者高取悟の死亡を確認」と。
 だが、死刑執行台のの下、パックリと開いた奈落の底で高取悟を待ちかまえていたのは死ではなかった。落下の衝撃でロープが高取悟の頸部を縊り折る前に数人の男たちに体を支えられて救出される。その後、首からロープを外されながら衣服の上から力任せに打ち込まれる注射針の痛みを高取悟は感じ意識がだんだんと暗くなっていった。 
 
 MAIN MISSION 2
 広間にまとまり無く集まりつつあるこの屋敷の住人と客人そして使用人の面々達。
 その前に立つのはアフロパンクの近代池凶三朗。
 その後方、広間の唯一の出口のドアの前に立つのが俺。
 当然ドアには鍵がかけられており、それでも逃げ出そうとする者に立ちふさがって取り押さえるのが俺の役目になってしまっているワケである。
 この後、警察関係者ならば誰もが知ってるし、映画などのメディアを通して日本の国民の大半ならば誰もが知ってるであろうお馴染みのパターン。
 つまり近代池凶三朗の決めゼリフである『さて皆さん』から始まって、自分の推理を披露し、展開さし、しめくくり、最後にはツカツカと歩き犯人の前に立ち『犯人はあなただ』と頭皮の掻き過ぎで血の付いた指先で指す場面と続き、血染めの指で指差された犯人はのらりくらり、あるいは怒り狂ったり、泣叫びながら自分の潔白を主張する責任転嫁へと走るが結局は凶三朗の推理に論破されまくり、追い詰めまくられて、何故か自らの犯行を認めてしまってメデタシメデタシで終ってしまうあの伝統のパターンである。
 で、そのお馴染みのパターンに入る前にあまり意味はないのだが、少々この事件の方あらましを俺の口からかいつまんで説明しておこうかと考える。
 何を血迷ったのか、この季節の雪山をナメ倒してるとしか考えられないのだが、この屋敷の主人である文壇界、いやミステリー界の重鎮とされる松元塀蝶の70歳の誕生日を記念して現在勢力的に活動しているミステリー作家とこれまた現在、世に名前の知れ渡った探偵をこの雪山の山荘に招いて懸賞金付きの知恵くらべ、つまり推理ゲームをやろうと大手出版社数社が松元塀蝶にその企画を持ちかけた事が発端だった。
 で、松元塀蝶と大手出版社の選考でミステリー作家の代表の五名と名探偵と表されるこれまた五名とその関係者がこの屋敷に集まる。
 そして屋敷の外ではバカスカと雪が降り積もる中でその事件は起こった。
 松元塀蝶の誕生を形だけ祝い行われる屋敷の広間(正式にはパーティホールと言うらしい)での立食パーティはそこそこに終了し、そのままメインイベントである推理ゲームに参加する10人と関係者が一同に集合した状態でその爆発は起こったのだった。
 その結果、主賓である松元塀蝶は変死した。
 松元塀蝶が執筆活動を行う私室。
 その完全な密室の中で松元塀蝶は死亡した。
 先程の爆発が原因である事は当たり前で当然死因は爆死であった。
 爆発の原因は松元塀蝶の私室の暖炉にかけられた圧力鍋。
 通常ならば減圧せずに松元塀蝶が圧力鍋の中身をつまみ食いするなりなんなりしたが為にうかつにも蓋が開いてしまって起こった水蒸気爆発であり事故死とも考えられるが、この場合その鍋の中身が問題となった。
 鍋の中身が大量の五寸釘だったからだ。
 とどのつまり、どこかの誰かが松元塀蝶の私室の暖炉で大量の五寸釘を圧力鍋の中に仕掛け、煮込み、引き金として圧力鍋の蓋を緩く閉めておき少しのショックで蓋が吹っ飛ぶように細工した物と推測された。
 その結果、松元塀蝶はその全身に浴びた熱湯で小豆色に茹で上がったタコみたいな大火傷とパチンコ台のごとくにまんべんなく突き刺ささった五寸釘で即死。
 オマケにその爆音が原因で屋敷の裏山で雪崩が発生。
 直撃はさけられたが雪崩のあおりを食らって屋敷に続く道は通行不能となり、屋敷の一階部分のそのほとんどが雪に埋まり、ガレージ及び敷地内に駐車していた車は動かせぬ状態となり、電話線は何処かで切れてしまい、携帯電話は近くにある電力会社の送電線が原因とかでほとんど使い物にならないぐらいにヒドイ状態で屋敷の中の人々は雪に包まれて孤立……と言うよりなんか、絵に書いたような『孤立した状態の屋敷内で行われる殺人事件』のツカミの部分そのものと化していた。
 その後、陸の孤島と化した屋敷内でお約束通りの楽しい楽しい仲間割れと言うより近親憎悪に近い作家と探偵たち各々の推理合戦が始まり繰り広げられた。
 が、順番に作家及び探偵の一人一人が各々の己の推理を披露すると残った作家と探偵がその推理の矛盾点を徹底的に容赦なく指摘しまくる共食い状態と言うより絨毯爆撃が延々と繰り替えされ続けるダケだった。
 そして推理合戦の最後のトリとなったのが名探偵近代池凶三朗その人であった。
 そうそう、忘れていた。
 俺の名前は仲井妥雁正洋と言う。
 警官のこの俺がこの屋敷内にいる理由も説明しておこう。
 なんの事はない。先にも言ったかと思うがこの季節の雪山をナメ倒しているとしか考えられない作家先生やら探偵先生とその関係者たちが屋敷へと続く雪山の山道のあちこちの地点で立ち往生しているのをスノーモービルを駆って救出にむかい屋敷まで送り届けると言う職務を上司から拝命した事になってる。
 昼飯抜きで、ついでにかなり信憑性に欠けるが緊急避難って事でスノーモービルでやってはいけない三人乗りやら四人乗りをまでも繰り返し俺は雪の山道を屋敷へと走り、またハイヤーの運転手なんかは人里の電話のある場所やら最寄りの駅などに送り届けた。
 すべての雪山をナメたバカ者の救助を完了させスノーモービルの上で自分の体がパーシャル状態にのままに屋敷の勝手口にまわり、賄い方の御好意で暖かいコーヒーと遅すぎる昼飯を御馳走になってまともな世界の人間に戻ったかなと言う時に圧力釜は爆発し雪崩の被害に俺も巻き込まれたワケだった。

「さて皆さん」と広間でお馴染みのセリフを吐く近代池凶三朗。
 楽しい仲間割れなのか、近親憎悪なのか、それともやはりか職業意識のなせる業なのか近代池凶三朗の前に立つ作家と探偵たちはその声に耳をそばだてる。
 もちろんそれは今まで繰り返された共食い状態。つまり近代池凶三朗のがこれから繰り広げようとする推理の穴や矛盾やミスを指摘の絨毯爆撃を敢行するためだろう。
「今回の事件は実に凄惨で奇妙なものでした。さすがの私もその殺害の状況に混乱し、その後に発生した雪崩には我を忘れて驚きました。しかしついに犯人をみつけ……」
 そこまで喋って近代池凶三朗の声は突如止まってしまう。
 いや、これは正確な表現ではない。
 広間の後方で最初に俺が見た物はキラキラと瞬く銀色の直線だった。
 それが近代池凶三朗の頭に向って飛びぶつかる鈍い音。
 次の瞬間には近代池凶三朗は帽子を斜に被っていた。
 これも正確な表現ではない。
 近代池凶三朗の額には帽子のひさしの様に中華包丁の刃が斜に刺さっていたのだから。
 そして近代池凶三朗は膝を折るように広間の床に静かに崩れ落ちる。
「俺じゃねぇ。俺じゃねェぞ。塀蝶を殺したのは俺じゃねェ! 俺が殺すのは近代池凶三朗とこのフロアにいるお前等だァァァーーッ!」と言う声。
 中華包丁を近代池凶三朗に向けて投げた屋敷の厨房を任されている料理人の香取聡が狂ったようにそう叫び始める。
「俺だ。俺がやったんだョ。俺がかっぱらった鍋と釘で塀蝶を殺った! そしてこのフロアにいる豚どもは俺様の獲物だッ! 俺様のこの手でゆっくりとブッ殺ろーすッ!」
 今度は屋敷の雑務をこなす庭師の草凪豪が懐から植木鋏を取り出しそう叫び始める。
 パスカルの言葉だったか『いい芝居も最後は流血』てのがあったと思う。
 しかしながら目の前で進行中のでき事は結局は二番目の流血でしかなく、強いて言うならば、『M78星雲にあるウルトラの国で式典の最中に突如乱心したウルトラセブンがアイスラッガーでウルトラの父を惨殺。それに続き、帰りマンがウルトラブレスレットを凶器に変型させて一族、家族、兄弟相手に襲いかかろうとするそぶりを見せはじめる。そしてセブンと帰りマンはついにその正体を現す。その正体は宇宙のテロリストとヤクザ。セブンと帰りマンに化けたメフィラス星人とバルタン星人であった』
 そんな猿芝居シーンを写し出す遠くにあるテレビを俺は見ているような気がしていた。
 俺の目の前に広がる二十個程の人の後頭部。
 作家や探偵はそんなシーンを見てしまったテレビの前の幼気なお子様状態なのだろう。
 唖然呆然状態……つまりまだ誰からも悲鳴一つ上がっていなかったからだ。
 やっと悲鳴が上がったのは香取聡と草凪豪が二人かがりで顔面に中華包丁が突き刺さったままの近代池凶三朗の首を植木鋏で切断。
 返り血にまみれた香取聡がアフロの髪を無造作につかんで顔面に中華包丁が突き刺さった近代池凶三朗の首を持ち上げ我々に突き付けるように見せつけてからであった。
 その後には傍若無人にハタマタ慇懃無礼に推理ゲームでの盲点や矛盾やミスを指摘の絨毯爆撃を敢行した作家や探偵たちの姿はなかった。
 悲鳴が新たな悲鳴を生み出し恐怖と言う卵が羽化し老若男女の集団恐慌状態。
 パニックに駆られた先生たちの集団が俺めがけて出口のドアへと殺到する。
 踵を返した俺もドアから外へと避難してしまおうと体は動く。
 だがドアには鍵がかかっている。
 頭の片隅で(このドアの鍵を今持ってるのはアノ庭師じゃねぇか)そんな事を考えながらそれでも体は動いた。
 腰のニューナンブの弾丸で鍵を破壊してでもドアを開けようと。
 ニューナンブに手をかけ引き抜いた瞬間に殺到した先生方の集団が俺に押し寄せた。
 不覚にもドアと先生方の集団に挟まれた俺はニューナンブを取り落としてしまう。
 数人の小錦のぶちかましを食らったような状態の俺のアバラ骨はボキボキと鳴った。
 
 INTERMISSION 2
「……つまり、黒めがねさん。国家の飼い犬となって人を殺せって事?」と高取聡。
「そう言う事です。ひらたく言えば『親方日の丸』でこちらが指定する人間。老若男女の区別なくを殺しまくって下さい」
 高取悟が死刑台の奈落の底から助け出された後の事だった。おそらくは隠された刑務所内の一室なのだろう。その部屋にサングラスの男が訪れ高取聡に取り引きを持ちかけたのだった。自分達が指定する人間を殺し尽くせと言う取り引きを……。
「ことわれば?」と高取聡。
「あなたは戸籍上は存在しない人間なんです。たぶん、ここの日の指す事のない地下牢みたいな場所で残る人生を過ごしてもらう事になります。体調を崩そうが病気になろうが医者に診せる事なく食事だけをあたえる本当の飼い殺しですね」
「太陽がないのか。そいつはご免こうむりたいな。しかし、なんか話が上手すぎる」
「どうしたんです。推定の被害者は9人。上は42歳から下は8歳。すべてが女性でレイプした後に麻酔なしで乳房と生殖器に繋がったままの子宮と卵巣をナイフで摘出して死にいたらしめた。そしてトロフィーよろしく自分の部屋に被害者の女の乳房と生殖器付きの子宮の内臓標本を幾つも作製して飾ったあの死刑囚の高取聡君の発言らしくありませんね」
「……本当に女も殺せるのか? 取り引きに乗れば?」
「もちろんです。こちらが指定する人間とその関係者ならばOKです。それとあらかじめ伝えておきますが、ナイフと銃は使用禁止です。武器凶器の類いは現地で調達してもらう形になります。これはこの取り引きの鉄則で変わる事はないと考えて下さい」
「ナイフと銃は使用禁止だと? それはどう言う事なんだ。わかるように説明してくれ」
「予定ではあなたは、あなたたちは整形手術で顔を変え多分二人か三人ぐらいのチームを組む事になります。もちろんあなたと同じ死刑囚や囚人です。つまりこちらから我々が指定する殺人はすべて新たに発生したシリアルキラーの仕業にしたいんです。わかりますよね。あなたはあなたが殺した女すべてに対してナイフを使い生殖器付きの子宮を摘出した。そんなあなたがナイフをつかってまた殺人を起こしたらどうなりますか?」
「……被害者に自分では気付かない手順、手口、証拠を残してしまう?」
「そう言う事です。死んだハズの死刑囚の手口で新たな殺人が発生すれば一度だけなら模倣犯で片付くかもしれませんが度重なれば日本の警察はバカばかりではありませんよ。我々のバックアップの力も無限ではありませんしね。同じような事が銃についてもいえます。あなたの相棒候補の死刑囚にね」
「相棒候補。誰だ?」
「草柳健の予定です」
「誰だ。それは。俺がパクられた後に逮捕されたヤツか?」
「そうですね。時期的にはそうなります」
「ソイツは何をしたのかな?」
「手製の拳銃で12人ばかり無差別殺人を起こした男です」
「飛び道具ね。俺とは相性が悪そうだな」
「被害者の12人全員の顔と股間がなくなってます。女性は胸と股間に大量の弾丸が撃ち込まれてます」
「前言撤回。相性はかなり良さそうだ」と高取悟は呟き、
「現地で調達ってのは? ナイフじゃなければ良いのか? ダーガーは? 刺身包丁は? ククリや山刀は?」と殺る気満々の質問が高取悟の口から次々に飛び出していた。

 MAIN MISSION 3
 結果的にいえば出口のドアの鍵より俺のアバラ骨が頑丈だったと言えよう。
 ついでに体を支えようとしてドアノブを両手でつかんでいたのは幸運だった。
 ドアの鍵はパニクり怒濤のように押し寄せる先生方の圧力に屈服し破壊された。
 そのあおりを喰って俺の体がハンマー投げの玉よろしくドアノブに手をかけたまま遠心力で弾き飛ばされ、ドアの外へと投げ飛ばされたのはもっと幸運だった。
 起き上がった俺は辺りを見回し続いて壊れたドアを見た。
 俺と同じように弾き飛ばされて外に出た者が三人。
 鍵の壊れたドアといえば完全に塞がっていた。
 殺到し倒れた先生方の体が将棋倒となって折り重なり互いの体で人間団子の閂状態。
 人間団子のバリケード化しドアと人間に挟まれて身動きできない先生方の罵声と悲鳴と苦痛と苦悶と啜り泣く声。
 その後方の広間の奥から聞こえる香取と草凪の意味不明の罵声と雄叫び。
 微かなに聞こえてくる物音と耳を被いたくなる誰かの悲鳴。
「ギヤァャァァァァーっ あ、足、足が、僕の足、僕の足ィィィィーーーッ………」
「あああ足、あ、足、アタシの足、アタシの足がない。あたしのあしぃぃぃ………」
 鈍く重く湿った物音が続く。
 皮を切り、脂を切り分け、肉を切り裂き、筋を切断し、骨を削り砕く刃物の音。
 悲鳴は繰り返される。
 俺と同じように外に飛び人間団子には巻き込まれなかった幸運な先生方がその場からバラバラと別方向に逃げ去り始めていた。
 俺は立ち上がろうとする。
 泣きたくなるような激痛がアバラをつっ走る。
 命の綱となるべき拳銃は落とした拍子に吊りヒモがなぜか千切れてなくなっており、コンデションも最悪であった。
 警官失格かもしれないが俺は目の前の人間バリケードを見捨てて一時退却を決意する。
 アバラの激痛とこぼれそうになる涙をこらえ俺は立ち上がる。
「お、おまわりさん。た、助けて!」
 足をひねったのか動けずに床に倒れたままに俺に手を向けるのはその場に取り残された幸運な先生の一人なのだろう。
 髪は乱れていたがピシッとスーツを着込んだ女が俺に声をかけたのだった。
「助けて欲しいのはコッチ」と俺は言いたかったがアバラの痛みで声は出ていなかった。
 そのかわり俺はその女の先生に無理して右手を差し伸べていた。
 俺はその女先生と体を寄せ合うようにしてその場から逃げ出し始めた。
 
 INTERMISSION 3
「つまり現地で調達ってのは殺し現場で道具を適当に探がす。そして殺し方も色々とバリエーションを付けて自分ではない何処かの誰かである新たに生まれた連続殺人犯を擬装しろって事かョ」と草柳健は言った。
 それに答えて黒服にサングラスの男が答える。
「その通りです」
「殺る相手が一人や二人の少人数ならイケると思うがアンタのバックが指定する殺しってのは何人ぐらいなんだョ?」
「見込みで構わないのでしたら。多分初回のミッションでは二十人前後になりますね」
「アンタ等はバカか? 映画じゃねぇんだョ。そんだけいればョ刃向かうヤツ。自暴自棄になって死なば諸共に走るヤツが出てくる。一番厄介なのが逃げるヤツだョ。絶対に銃もナイフも必要だョ」
「大丈夫です。絶対に逃げ出せないし、殺戮が完了するまで外部に情報が漏れる事がない状況をセットしますし、不測の事態にはあなたたちを我々がバックアップします。それと草柳さんと相棒を組む高取さんには防弾防刃の防護服を支給いたします。ですから、存分に殺戮を楽しんで下さい」
「罠で完全にハメ殺しにして袋の鼠。ズルしてコッチは鎧付きかョ……。わかったョ。で、その二十人前後の初回のミッションってヤツの獲物はどういったヤツ等なんだョ。差し支えなければ知っておきたいんだがョ」
「いいでしょう。半分の五人と未定のプラスアルファは作家です。社会派って看板を背負った推理小説の作家たちとその家族や関係者です」
「物書きかョ。なぜそんなヤツ等を殺すんだョ」
「簡単に言えばケムリですね。木を隠すには森の中と言いますでしょう? ついでにその五人のミステリー作家たちはどうも我々から……。社会派と呼ばれるダケはあって何らかの情報源から国家機密の書類を手にしてそれを元にして小説を書いてる疑いがある者ばかりなんです」
「成る程。目くらましにも殺す理由はアリって擬装かョ。で、本命の方は?」
「探偵です。平たく言えば現在日本で名探偵と呼ばれている輩を五人と未定のプラスアルファの家族や関係者たちですね」
「今度もなぜそんなヤツ等を殺すんだョって聞かせてもらっていいかな? それと個人的な恨みなんだが俺のパクられる原因になった警察官僚の御偉いさんの弟とか言う浅利弓彦って探偵はその数の中に入ってるのかョ?」
「最初の答は取り引きに乗ってくれればお教えいたします。二番目の答えはイエスです」
「……なら話は早い。最初の俺の質問には答えてくれなくてもいいョ。殺る。殺るよ。殺らいでか。浅利を殺るチャンスをくれるなら俺はなんだってするョ」
 剃刀の刃のように細く、そして粘い付くような殺意の光を両の瞳に浮かべその場で身を乗り出しながら草柳健はそう呟いていた。

 MAIN MISSION 4
「しかし便利だョこの業務用の植木鋏。既製品の直径四cmの枝もスパスパ切れるヤツ以上ョ。ホント。刃こぼれはするケド骨までスパスパ切れちまうモノな」と草柳健。
「俺も植木鋏にするんだったな。中華包丁は何かと使いづらいワ。すぐに脂と血糊で切れなくなるし、下にマナイタみたいなモノを置かないと刃はすぐ潰れるし」と高取聡。
「貸さないョ」 
「わかってるさ草柳。しかしドアの鍵が壊れたのは計算外だったが、その後は想像以上のバカどもと言うか、ほとんどタコだね。見事にツボにはまってくれちゃって」と高取聡。
 高取と草柳の制服と作業着も全身が返り血にまみれていた。
 広間の床は血の海だった。
 出口で人間バリケードと化した作家と探偵、そしてそれらの関係者を高取聡と草柳健は次々に血祭りしていったからだった。
 草柳健が手っ取り早く植木鋏で人間団子のバリケードの一部と化した人々の両足を背後から切断しまくり、バリケードから引き剥がしては広間の後方へと投げ入れる。
 投げ入れられた人間には高取聡の中華包丁が待ち構えていた。
 すぐに殺す者とゆっくりと嬲り殺す者に選り分ける為に。
 すぐに殺す者は這って逃げ出そうとするその喉や後頭部に中華包丁が叩き込まれた。
 ゆっくりと嬲り殺す者。
 そのすべてが女性であり、逃げられる可能性を減らす為にか高取聡はその残った両手を力任せに中華包丁の一撃を叩き込んで切断していた。
 そして今、その女たちが少しでも長く生きてる様にと針金を使って傷口に血止めの処理を草柳健の手でなされているのだった。
「……ふーむ。とっても良い匂い。事切れる寸前、刹那の間であっても生にすがろうとする犠牲者の匂い。命が流れ出てゆく匂い。鉄錆に似た潮の香しき流血の香り……。いかん。酔いしれていては……。ええっと。どこまでいったッけ? こいつは探偵の三田来康司で、そして相棒の石田。このババァはメイドの野旅さん。チェックと。こいつは新桐社の編集の左藤信孝。チェック。作家の尾澤有馬叉。チェック。こいつは門河書林の城川高次。チェック。探偵の山吹翔の首。チェックと。これは探偵の浅利弓彦のお袋? おーい。草柳。これ。こいつは探偵の浅利弓彦のお袋かな?」と、小さな手帳にボールペンで書き込みに印を付けながら高取聡は言う。
「ちがうョ。浅利のヤローは親不孝丸出しで真っ先に逃げやがったのでお袋の方はドアのトコで俺が真っ先に首を挟み切って殺しちゃったョ。そいつは巷談舎の野幡咲和子だョ」
と、広間のシャンデリアの下で口をボロ布で塞がれた女の切断された四肢に針金を巻き付けて締め上げる止血処理の手を止めて草柳健はそう言った。
「編集者かよ。わかった。じゃあ、これは野幡咲和子で、そっちの首が浅利弓彦のお袋。チェックと。しかし良く似てやがるなぁ。んでもってこいつがメイド頭の美知連さんで、美知連さんと一緒に並んでるのがソムリエの城亜紀羅で、こっちが探偵の凶極党の中尊寺奈津彦。チェック。このメス豚の首が作家の高林香……なワケねぇな。高林香はもうチェックが付いてるし。作家の宮野深雪でもねぇ。この傷跡はどう見ても植木鋏だよな。なあ。おい。草柳よう。このベリィショートの髪型した片目が潰れた色白のエライ美形のメス豚の首は誰んだよ。殺しちまいやがってもったいネェの」
「憶えてないのか高取ョ。そいつは探偵の中尊寺奈津彦の相棒の榎杜敬次郎だョ」
「何。男だと、この美形の首……分からなかった。しかしエライ。ほめてあげよう草柳君。君は正しい行為をした。で、最後にゆっくりと殺したいからと生かしてある人間ダルマのメイドの三宅ちゃんと探偵の助手の螺乃苑萌ちゃんのチェックでしめると……全部で18人と。残りは三人……。つまり逃げたのが3人。作家の宮野深雪と探偵の浅利弓彦と人間ダルマの萌ちゃんの相方の探偵の蒲川曹兵。以上で終りと」と高取聡。
「一人忘れてるョ」と全裸の人間ダルマと化した若い女二人をシャンデリアに針金で吊るして晒し者にする作業を終えた草柳健はそう言った。
「おっ。御見事。素敵なオブジェの出来上がりで為体の知れない新たに生まれたシリアルキラーさんの面目躍如の擬装工作が完了と。しかし忘れてるって誰をだい?」
「これの持ち主だョ」とズボンの前に差したニューナンブを抜いて見せる草柳。
「草柳。銃は御法度…。あッ、お巡りがいたよ。もう一人。飛び入りのヤツが」
「そう言う事ョ。後、四人。で、コレを使いたいが使っちゃいけねェからこうする」
 そう言い草柳はニューナンブの弾倉から一度弾丸を抜き取ると一発だけ入れ直す。
「でも飛び入りの持ち物でも拳銃はマズイじゃねぇか草柳よ」
「これでよしと。やるべきコトは片付けたからョ俺は浅利弓彦をぶっ殺しに出かける。残りのオマケも俺が片付けるョ高取。アンタはここで肉ダルマ二人と遊んでてくれョ」
「だから拳銃は……」
「お巡りのニューナンブてのはョ。暴発防止で一発目は空砲で残り四発が実砲なんだョ。で、思いついたんだケドョ。今、俺が一発だけ込めたのは空砲。で、こいつを外に持ち出して逃げた獲物が隠れていそうな場所の目立つトコに置いておくとどうなると思う?」
「そりゃあ。拾って逆襲に走ろうとするバカが出る……」
「そう言うコトだョ。コソコソと穴蔵に隠れてた獲物がワザワザ出て来てくれるョな。ついでに残り四発の弾丸にもその手の仕掛けをしておいたとしたらどうなるかな?」
「サスガ元拳銃使いの草柳君。発想が違う。すぐに砕けるヤワな牙を逃げたヤツ等にワザとくれてやって偽りの生き残る希望を与えてから皆殺しだなんて。しかし悪趣味だねェ」
「そ、そう言う事だョ。銃声が聞こえたりしたら獲物警報発令だからョ。じゃ、俺は猟に出る。オマエはここで好きなダケ楽しんでてくれョ」
 そう言い残しまたベルトの前にニューナンブを挟み入れた草柳は広間から出た。
(悪趣味? オマエだけには言われたくないョ。高取)と草柳は心の中で呟きながら。

 MAIN MISSION 5
「hっ、ゲッ、がッ、ゴッ、ぎッ」と声を殺して俺は呻く。
 移りゆく季節よって使う用具や資材が置かれた倉庫代わりと化した空き部屋の中。
 宮野深雪の手を借りて何枚ものベニア板の切れ端をワイシャツの胸元に当てその上から長い細引きで何度も何度も隙間なく巻き付けたグルグル巻き状態の俺。
「これでどうかしら」と宮野深雪。
「かなりマシになりました。御協力感謝します」と脱ぎ捨てた制服つかみ俺は言った。
「しかし、情けないぐらいヤワなお巡りさんね」
「足のねん挫で動けないでいた貴方を助けた小官にエラク控えめな物言いですね」と俺。
「ごめんなさい。言葉が過ぎた。許して。でも……」
「パニクった先生方のとばっちりで肋骨折って拳銃なくした無能な警官に向かってエラク優しい言葉をかけてくれますね」と制服にそでを通しながら俺は言葉を続ける。
「それ嫌味なの? それとも自虐的な性格なの?」
「死にたくなる程に自分が情けないのと非現実的な現在の状況に対してヤケクソな気分になってるダケです。作家の宮野さんでしたよね?」とボタンをかけながら俺。
「ええ。そうよ。ひょっとして私のファンなの? イエ、これからどうするの?」
「ここから逃げ出すか屋敷内に隠れてやり過ごすか無茶を承知で逆襲するかですね」
「……ダメよ。その三つは全部ダメ。絶対ダメなの。却下よ」 
「どうしてです?」
「先ず逃げるアシがない。それにあの二人の背後に政府の組織が関与しているからよ。どうにかして外部からの緊急の救助が必要。で、ないと他の皆みたいに必ず殺されるわ」
「あ、頭は大丈夫……。正気なんでしょうか? 宮野さん。かなりパニクってませんか。一体、この状況のどこから政府なんて言葉が出てくるんです?」
「気が付いたのよ。あの庭師とコック。二人とも左手に同じ金属の腕輪をしていた。あれは不自由の腕輪よ。海外、特に米国ね。収監中の囚人なんかをやむを得ない事情で施設から外に出す時に逃げられないように発振器と盗聴器が付いた腕輪なの。それに……」
「『それに』何です」
「私の情報源。法曹関係の人間で検察至上主義の反対派の人間からなんだけど……」
 宮野深雪がそこまでしゃべった時だった。
 銃声がした。
 俺のニューナンブだと直感した。
 そして新たな犠牲者の悲鳴。
 捕食者となった料理人の罵声。
 それが、それらの物音と気配がだんだんとこちらに近寄ってくるように俺は感じた。
「宮野さん。隠れましょう」
 俺の口はそう動いていた。
 
  INTERMISSION 4
「で、その逃げないように発振器の付いたワッカを体に付けられるのは分かった。犠牲者たちの近くの場所で決行されるまで潜伏する事もな。終了後はワッカで連絡を入れれば撤収部隊が救援に来るのも了解した。で、聞くが何故、今の日本で名探偵と呼ばれている者たちとその周辺にいる者全部を皆殺しにするんだ。その理由は?」
「やっぱり知りたいですか」と政府の人間の姿まる出しのM・I・B。
「ああ。どうしてなのか知りたいな」
「それはヤツらが貴方ような人殺し以下の存在だからですよ」
「は? よくわからん。何が言いたいんだ。サルでも分かるように説明してくれ」
「では、彼等を生かしておいてどんな得があるんです?」
 そう言ったM・I・Bは出会って初めて歯を見せて微笑んでいた。
 その微笑みは面白さや暖かみがまったくない鮫の顎と歯に見えた。
 
 MAIN MISSION 6
 天井裏を走る空調と換気扇そして数々の配管。
 俺と作家の宮野はそこに隠れていた。
 物置き状態のその部屋の角。
 脚立を探して二人してよじ昇り、肋骨を固めた細引きの残りでその脚立を釣り上げて天井裏の中にを隠した。
 脚立を脇に互いの膝を折り曲げた姿で蹲る俺と宮野。
 脚立のおかげでタダでさえ狭い天井裏のスペースははますますく狭くなった。
「さっきの話の続きだけど……」と宮野。
「しッ、静かに」
 しばらくして足音に続いてゆっくりとドアの開く音。 
「誰もいないョな。でも蒲川は片付けたケドまだ何処か浅利はいるんだよな。ここにいるかもなんだョな」
 金属の擦れる音、ここからは見えないが植木挟を開き閉じる音。つまり庭師の方だ。
 自分達の真下で庭師が空き部屋の中をうろつく物音。
 やがて再びドアが開く音に続いて遠ざかる足音と気配。
 下の天井に貼り付いた蛍光灯から斜上に天井裏に漏れる微かに明かり中で俺は宮野の目を見つめたままに人さし指を縦に唇に当て続ける。 
 そのままの姿でどれだけ息を殺していたのだろうか。
 また銃声がした。
「畜生。浅利弓彦か。浅利だ。浅利弓彦だョな。今度こそ浅利弓彦だョなッ!!」
 庭師の罵声が床下のすぐ近くで聞こえたかと思うとゴム長が走り出す音が聞こえた。
 またしばらくの間は息を殺したままの宮野と俺。
「どうして分かったの」とやがて宮野が小声で俺に聞いた。
「俺がヤツだったら必ずそうするから」とダケ俺は答えた。
「これからどうするの?」
「体力的に持つかどうか。兎も角逃げ出す」
「どうやって? 雪崩の雪で袋の鼠なのよ」
「スノーモービル。車庫でも駐車場でもなく、屋敷の東側の勝手口の前に俺はとめたんだ。屋敷の東側は雪崩の被害がかなり少ないハズ。多分すぐに掘り出せると思う」
 そう言い俺は空き部屋へ降りるべく準備にかかった。
 
 MAIN MISSION 7
「まだ死ぬんじゃねえぞ浅利ョ。で、浅利ョ。トドメは何がいい?」と草柳。
 シャンデリアには三つ目の人間ダルマがぶら下がっていた。
 四肢を切断された全裸の浅利弓彦で、その口には業務用の植木鋏で睾丸が付いたままに切断された浅利自身の生殖器で塞がれていた。
「五発目終了と。萌ちゃんまだ生きてる? ヨシヨシ。三宅ちゃんみたいにすぐ死んだりしないでね。それに『殺してお願いだから』は言うダケ無駄だから。では……」
 その横では四肢を切断され針金で釣られたままぶら下がる探偵の助手の螺乃苑萌の体を犯す高取聡はそう言い、右の乳房に『正』の字の最後の一画を中華包丁で刻み付ける。
「しかし、空砲でもショックはあるよな。そのタコに『女の人から離れろ。さもなきゃ撃つ』って脅されてもそう簡単には止んないよねぇ。そのまま続けたら背中撃ちやがんの」
「そう言うヤツなのさ。コイツはョ。で、浅利。同じ質問だョ。これから目潰し、舌抜き、歯抜き、くぎ打ち、肉そぎ、皮剥ぎ、火炙りと色々やるケドョ。トドメは何が良い」
「ダメだよ。草柳。股ぐらからの出血が多すぎる。その顔色じゃァそいつはすぐに死ぬよ。マズ止血してやんな」
「どうやって? 跡形もないから針金じゃ無理だョ」
「キャンドルのロウソクで焼き潰して塞いじまゃア、良いじゃん」
「なる程。高取、頭良いな。そうしよう」
 しばらくして肉を焼く煙と今にも消え入りそうなくぐもる悲鳴が幾度も上がった。
     
 MAIN MISSION 8
「足音も物音も立てたくない。先に靴を抜いで手で持つんだ」
 そう言い脚立を静かに降ろし先に宮野を空き部屋に降ろす俺。
 もし、料理人か庭師が隠れていて先に降りた宮野に襲いかかりでもしたら天井から俺は飛び降りて体重の乗った一撃を喰らわすつもりでいた。
 だが、その気遣いは無用で無意味で俺が窮地に立たされる最悪の選択だった。
 ゴム長を持ち脚立から床へ降り立つ俺の後頭部に何かとても硬い物が叩き付けられる。
 体がふらつき頭にリンスをかけたみたいにペトペトするのを感じながら俺は振り返る。
 先に降りた宮野深雪が高価な壷のような物を振り上げてるのが見えた。
 その次は頭に衝撃と何か小さな物がバラバラと俺の両肩と床に落ちる音。
 暗くなりつつある意識の中で宮野の声が聞こえたような気がした。
「どうしてッ?! どうしてあなたの右の足首にも不自由の腕輪が付いてるのッ!」と。

 INTERMISSION 5
「では、彼等を生かしておいてどんな得があるんです?」
 M・I・Bの笑う鮫野郎は続けた。
「損があるのか?」と俺。
「では質問を変えましょう。国家や社会は何で動くか分かりますか。仲井さん」
「俺の名は仲井妥雁だよ。金だろ。多分」と俺。
「仲井妥雁ってのは沖縄の姓ですね。あなたは本当に日本人ですか? それと答はただの金ではありません。答は予算です。それは分かりますよね。仲井さん。イエ、木村さんでもありましたよね」
「仲井妥雁だ。その予算がどうしたんだ」
「ここ近年その予算がパンクする可能性が出てきたんです。警察ダケでなく司法関係全部。わかります? まず凶悪犯罪の増加。警官の不足。裁判員制の導入。弁護士の増加。検察官の慢性的な不足。判事の劣化。刑務所不足。まだまだ原因はあります。伊那崎さん」
「仲井妥雁だって言ってるだろ」
「その仲井妥雁正洋って名前があなたの本名だって証明できる物はありますか? ま、そんな世界へと突き進むこの国だからこそ、あなたのような人殺しが出現するの事は必然だったのかもしれませんね。法の網の目。法の矛盾。法の盲点。くぐったり、利用したり、突いたりして生ながらえてる殺人犯や犯罪者やサイコパスを狩りたてて抹殺しまくった私刑執行人の仲井妥雁さん。それであなたは何人の人殺しを殺しましたか? 何人の未成年の人殺しを駆除しましたか? 警察がまだシッポさえもつかんでない不詳のシリアルキラーまでも、その手にかけて何人この世から抹殺しました? 仲井妥雁さん。仲井さん。木村さん。伊那崎さん。あなたは誰なんです? 本当の名前は何なんです?」
「つまり、それは俺を追い詰める新たな物証でも見つかったワケか?」
「いいえ。それはまったくのお手上げ状態ですョ。そんなあなたなら、あなただからこそ、分かってもらえると考えるんです。名探偵と言う者が今では報道がショービジネスとなった世界の歪んだ道化だと言うことを。名探偵と言う代物が余計な殺人をばら撒き増やしてる事を。ぶっちゃけて言えばね。名探偵ってヤツが質的にジェイソン・ボーヒーズやフレディ・クリューガー以上の人殺しかもしれないって私は言ってるんですよ」
「誰だ。その外人二人? 話が見えない。何が言いたいんだ?」
「こう考えて下さい。名探偵が、そうですね。名前は近代池としましょう。近代池が旅行で地方に出かける。殺人事件に出くわす。それは構いません。放っとけば警察は事件を迷宮入りにしてしまってでも静かなモンです。問題は名探偵が、いえ、近代池が事件に関与した場合です。近代池が事件に関与し始めると、どうして第二、第三、第四と犠牲者が増えるんでしょうかね? どうして近代池がなにやら口を開く度に犯人が焦って、慌てて、猖獗を極めるかのように余計に人を殺しまくるんでしょうかね? どうして近代池が探偵活動を行うと犯人に同情したり、同情されたり、利用したり、利用されたり、間違えたり、間違えられたりして人々の頭の中で事実がもつれてしまって余計な人までが犯罪に手を貸したり、貸されたりして余計に殺し合って破滅に向かうんでしょうかね?」
「だから名探偵を殺すワケか? 余計な殺人が増えて予算を喰い潰されないように?」
「そう言う事ですね。予防措置ですよ」と黒服の鮫野郎は言った。
 
 MAIN MISSION 9
 泥沼のような暗闇の中で遠く銃声が聞こえた。
 それはつまり、前にも言ったかもしれないが、結果的にいえば壷より俺の頭蓋骨の方が頑丈でそれと同じぐらいに脳みそがタフだって事だった。
 銃声が聞こえてからどれくらいたったのかわからぬが俺はゆっくりと目蓋をあけた。
 両目に異常はなく天井の蛍光灯が見えた。
 グラグラする頭でなんとか立ち上がる。
 そして俺は武器になりそうな物を空き部屋の中で探す。
 見つけたのは鉄条網なんかを切る大形の工具のクリッパー。
 俺はゴム長を履きなおし飛び散った陶器の破片を踏みしめながら空き部屋を後にする。
 
「足音がする。こっちに向かって誰かくるョ」と草柳。
「するってぇと、仕掛けにひっかかったワケだよな。何発込めたんだ草柳よ」と高取。
「今までみたいに一発づづじゃなくて残り二発全部だョ。最後の一人だもの」
「『カモのつるべ撃ち』ならず『逆カモのつるべ斬り』ってのかね。これは」
「御出迎えはどうするんだョ。高取ョ」
「草柳君にまかせる。俺はちょっと忙しいんだ。勃起がゼンゼンおさまらねェんだワ」
 両手を針金で体の背で結わえたままに血の海と化した広間の床の上に転がされた宮野深雪。
 全裸のまま転がる彼女にその両足はすでになく、やはり切断面は針金で止血されいた。
 その姿のまま己の分身を宮野の女の部分に突き入れ腰を打ち振るう高取がいた。
 
 廊下に転がった俺のニューナンブ。
 俺は拾い上げ弾倉を開けて見る。
 残弾は二発。
 俺は弾倉から弾丸を抜いて確かめる。
 弾丸部分がなく、銀紙と丸めた紙切れが弾丸がわりに薬莢に詰められていた。
「……そう言うカラクリか」そう呟き、俺はズボンの後にそれを差し込む。

「来たョ」と、少し開いた広間のドアの前でそんな声が聞こえた。
 俺は左手にクリッパーをもったまま広間のドアから中に入る。
 小さな屍山血河と化した広間の床とシャンデリアからぶら下がる三つの肉の固まり。
 前に立つ庭師とその後で両足を切断された宮野を犯す料理人。
 右の長靴を蹴り飛ばして脱ぎ捨てると俺は進み、庭師と料理人の五mばかり前で足を止め近くころがる肉の固まりにその右足をかける。
「血まみれのお巡りさんョ。アンタはどんな死に方がしたいんだョ」と庭師の声がした。
 その声をシカトして俺は右ズボンの裾をまくり上げる。
 発振器と盗聴器が組み込まれたワッカ、金属の足枷を二人にみせつける。
「こういうワケだよ。これの意味わかるよな。庭師と料理人のお二人さん」
「ま、ま、まさか、お仲間かョ。高取。このお巡り三人目だョ」 
「聞いてねぇし、変だ。でも、そいつのは同じ腕輪だ。どう言う事だ。お巡りさん?」 
「黒服に黒めがねのヤツから俺の事を聞いてねぇのか? お前等のお目付役。不測の事態に対する支援要員も兼ねている。それにテメーら俺のエモノまで横取りしやがって……」
 そう言って俺は宮部深雪を指差し言葉を続ける。
「一人づつ楽しみながら、やっちまおうと考えてたらお前等は精肉工場の回転カッターみたいに血と肉片をばら撒いて暴れまわるし、美味しく戴こうと裏切るタイミングを計ってた俺のエモノはテメーらに横取りされるし、踏んだり蹴ったりだゼ。まったく」と俺。
「アンタ誰なんだョ。何やらかして黒服と取り引きしたんだョ」
「俺は仲井って言う。連続絞殺犯の被疑者の仲井政博だ。聞いたことないか?」
 庭師と料理人は顔を見合わす。
「緊縛魔。女子中学生殺し。ハンガー。SM殺人の仲井政博か?」と料理人。 
「処刑執行人。夜歩く連続絞殺魔。吊るし首マニアの仲井政博かョ?」と庭師。
「そう言う事だ。で、聞くがお二人さん。作戦はあらかた片付いたよな。この後あんた等はどうするんだ?」
「どうするってョ?」と庭師。
「ヘリが来るまで待つさ。その後は火を放つ」と宮野の上に乗ったままの料理人。
「そうか。なら、そうしてくれ。俺はフケ(逃亡)させてもらう」 
 そう言い俺は左手に握っていたクリッパーを使って右足のワッカを切断した。
「お巡りッ、オマエ、いや、アンタ何するんだョ」と庭師。
「スノーモービルがあるんだよ。黒服どもの命令なんぞ聞くつもりは俺にはない。殺したいヤツを好き勝手に俺は殺したいんだ。だからフケる。お二人さんどちらか付き合う気はねぇか? 一人だけならモービルのケツに乗せてやれるゼ」と俺。
「逃げるって、アンタ。本気で逃げる気なのかョ」
 そう言って庭師は植木鋏を下げたまま無防備に俺に近寄って来る。
 それはチャンスだった。
 そして次の一瞬。
 充分に庭師を引き寄せ抜く手も見せずに背に差したニューナンブを引き抜き庭師の左目に銃口を当て引き金を引く。
 空砲の銃声が辺りに轟く。
 俺はダッシュする。
 宮野深雪の上で中華包丁を握り、もがき、立ち上がろうとする料理人へと向けて。
 料理人の方は銃身で後頭部を殴りつけてから左の耳の穴に銃口を当て発砲した。
 それだけだった。
 俺はまず料理人にそして庭師の首筋に指を当て脈をみる。
 指先に感じる心臓の鼓動と同調する脈の動きをそれぞれに感じた。
 俺は二人を殺してはいない。
 銃で殺すのは反則だし、俺の殺しのスタイルではない。
「二人とも脳みそはタフじゃないようだ」
 俺はそう呟き、クリッパーでシャンデリアから吊り下がる三つの死体の針金を切断。
 体に巻いた細引きを解き、まだ少しだけ生きている料理人を宮野の上から引き剥がして先に吊るし、次に庭師のズボンと下着を脱がせてからシャンデリアに細引きで吊るした。
 絞首刑の時のいつも通りの反応が起きる。
 涎と鼻水を垂らしながら目玉と舌が飛び出し、食い千切るように斜下に飛び出る舌を噛んで失禁と脱糞。
 それに続く痙攣と陰茎の勃起と射精。
 庭師は夥しく宙に射精し、料理人は微量だった。
 それだけだった。
 俺は絞首刑となり吊り下がった庭師の右手首の腕輪に話しかける。
「黒服。聞こえてるか? すべてが完了した。放火の準備にかかる。一時間ほど過ぎたら迎えのヘリを頼む」と。
 
 INTERMISSION 6
「そう言う事ですね。予防措置ですよ」と黒服の鮫野郎は言った。
「で、俺は顔も知らないアンタ等の手駒の二人の人殺しをだけを片付ければ良いと?」
「すべての探偵と作家が殺し尽くされてからね。あなたの殺しのスタイル。絞首刑であなたがアノ二人を処刑する。すると現在、拘置所内で控訴中のあなたにそんな事が出来るハズがない。我々が準備するあなたのアリバイは完璧以上ですよ」
「新たな連続絞殺魔の出現。そして公判で俺の無罪の判決が出たら晴れてアンタ等の仲間入りか? アンタらが指名する者たちを殺しまくる殺人鬼として………」
「正義の鉄槌としてですよ。もちろん」
 黒服の鮫はそう言ってますます声を上げずに笑う。
 その笑みは俺には悪魔の嘲笑のように思え限りなく邪悪に見えた。
 俺の中で殺意と言う名の使命感と憎悪と言う名の黒い獣がふくれ上がる。
 
 INTERMISSION 7
 電話のコール音。
 電話ボックスの中で指紋を透明のマニキュアで消した手で握る受話器。
 先方の受話器が上がる音。
「はい」とだけ言う宮野深雪の声。
「御ひさしぶりです。宮野さん。私はあの事件の時にお世話した仲井妥雁です。病院で繋いでもらった足の具合はいかかでしょうか」と、機械で変えた俺の声。
 息を飲む音が聞こえた。 
「本。読んみましたよ。時間があったので。宮野さんの作品のほとんどを」
「な、なな、何の、用なの。仲……、さ、さん」
「声がうわずってますね。命の恩人の声が聞けた感動からでしょうか?」
「……………」
 そう言う事だった。
 庭師と料理人シャンデリアに吊るし完全なトドメを差した後に俺は即逃亡した。
 庭師の下でまだ生きていた宮部深雪を助け、近くに転がった靴下だけを穿いた足二本を拾い雪でそれを冷やし続けながらスノーモービルで夜の雪山の道なき道を命がけで……。
 スノーモービルで箱番に飛び込み、同僚にすぐに救急車を呼ぶように頼み、屋敷で起こった事のあらましとまだ犠牲者がいるからと伝え、再び助けに戻るフリをして夜の闇の中に俺はその存在を消した。
「驚きの絶句なのかな。それとも逆探知と盗聴中なのかな……」
「そ、そそ、それはないわ」
「それは分かってる。あなたのお家の回りに警察の姿も気配もない。でも、この電話は盗聴はされてるかも知れない。だが、頼みがある……」
 言葉を続ける。
「……あの事件の事のあらましと事件の裏側で何が行われていたのかって俺の手記をあなたに差し上げたい。その代わり知りたい事がある。あなたが言っていた法曹の関係者の中の検察至上主義派ってヤツ等の名簿が欲しい……」
 そこまで言った時だった。
 電話回線の中で微かな雑音が聞こえたような気がした。
 俺はそれは盗聴の様な気がした。
「どうしてそんな事を。どうして私に。どうして? どうしてなのよ?」
「決まってますよ。あなたは私のエモノなんですよ。エモノの意味はわかりますか? 宮野さん。獣を狩り殺して毛皮を剥ぐって意味じゃありませんよ。エモノってのはね。武器って意味なんです。あなたは私の武器なんですよ。それじゃあ、また電話します」
 そう言い残し電話を切った。
 闇医者で完全に顔を変えた俺は電話ボックスから離れる。
 歩き始めて俺は腕時計を見た。
 ちょうど時間だった。
 宅配で送った俺の手記が宮野深雪が住むマンションに届く時間。
 そして宮野へ送った俺の手記はゴングだった。
 俺、本来の仕事である殺しと戦いへの復帰のゴング。
 あの事件に関与した検察至上主義者たちを皆殺しする処刑開始のゴングでもあった。



終わり




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