by 齋丁
カレンダーに×の印がある。なんのための印だったか忘れてしまったのだが、僕はそれを見ると、わけもなく不安に陥る。×、ばつ、バツ。その不安がとてもひどいので、カレンダーはぐしゃぐしゃにして捨ててしまった。
ところが、今度はカレンダーの横に貼ってあるポスターが気になり始めた。何が原因かとポスターを見つめてみれば、赤と白の線が×状に描かれているのだ。気になり出すともう止まらない。頭の中は×、×、バツ、ばつ、××ばつバツ。不安だ、不安だ。
気をまぎらわすために本を開くと、「Anoine de sanint-Exupery」、エックス、×がある。ええい別の本だ。『星の王子さま』を投げ捨てて別の本を開くと、文章が全部、×!
×××、×、バツ、ばつ、バつ、×ばつ×××バ××バつ
それからぼくはおかしくなった。部屋にこもりきりになり、カーテンを締めきり、メディア情報が一切入ってこないようにした。どこで×が入って来るか、分からないからだ。
部屋にこもってしばらくたった日、「こんにちは」、と二人の男が入ってきて、僕は無理矢理外に出された。
「はなせ!僕はキ○ガイじゃない!!」
と怒鳴ったのを覚えている。
抵抗も虚しく、僕は病院に連れられて行った。そして僕はイシャから、こんなことを言われた。
「あなたは×式症候群です」
×式症候群(バツシキショウコウグン)
×、およびそれに似たマーク、形などに、異常に不安
を感じ、それにより鬱状態になる病気。
【おもな症状】
鬱、全身の不快、幻覚、妄想、いらだち、殺意
初めて聞いたものだったし、自分がそんなものだとは思わなかった。ぼくは重度の×式(×式症候群の略)らしく、すぐに入院が決まった。自分に精神病の自覚がないのにこうなるのは、とても腹ただしい。
毎日の問診も腹ただしい。精神科の癖に目ばっかり診て帰る。
「ちくしょう、目医者ばかりではないかッ」
僕はブチ切れて、病室にあるカッターで医者に切りつけた。
それのせいかどうかは知らないけれど、僕は日記をつけるように命じられた。変化のない日々、書く事は食事についてとか、天気とか、それくらいしかない。
だから僕は日記を書くのをやめて、小説を書くことにした。魔法と剣が出てくるファンタジー物だ。書けば書くほど、僕の中で想像がふくらんでいく。僕は一人でもくもくとそれを書き続けた。
だがそれもすぐに終わった。小説がイシャに見つかり、普通に日記を書けと言われたのだ。
小説を書いてはいけない、禁止、×。僕の心はまっくらになり、ノート全部に×を書きなぐって、燃やしてしまった。
その日の夜、僕は×について考えていた。×、不安の元、ダメという意味。どうして自由に小説を書くことがいけないのだ。他人からの抑圧。僕は、×がない、自由な自分になりたい。
そんなことを考えていると、東の空から太陽がのぼってきた。
「屋上へ行ってみよう」。僕はこっそりと病室を出て、白いタイルの廊下を静かに歩いて行った。
重たい扉をあけると、朝日が僕を照らした。そして、潮の香り。目の前には海が広がっていた。数羽の黒い鳥が不気味に空を舞う。
僕が一歩足を踏み出すと
「ここはあなたの来るようなところではありません」
という女の声がした。見ると、産婦人科の先生が僕の前に立ちふさがっている。
「帰りなさい」
「なぜですか、どいて下さい」
「帰りなさい。もしあんたが海へ入ったら…」
先生を無理矢理どかして行こうとしても、すぐにしがみついてくる。夏の夜の蚊のような鬱陶しさだ。
「ええい、じゃまだアッ」
僕は先生をぶうんとほおり投げた。先生の頭はコンクリートの地面にぶつかり、半分に割れた。そしてそこからまた先生の顔が生まれ、ポキン金太郎飴、などと言っている。
そんなものを気にせず、僕はざぶざぶと海に入っていった。足、腰、胸、次々と身体が海水につかっていく、上着が波にさらわれる。そして、あたま…
「いたッ」
頭がつかるその時、左腕に激痛が走った。見ると…ああ!××クラゲに刺されているではないか!まさかこんな所にいるとは思わなかった。
「僕は×から逃れられないのだろうか」
僕は海からあがった。そして、左腕を押さえながら、半裸のままあてもなく道を歩き、どこからか汽車がやってくるのをただ待つしかなかった。
×
おわり