蜘蛛の糸

by 文駄多


 こんな時代、文字だけの本なんてまず売れようはずもない。ましてやタレント本でもなく伝説の魔術師も登場しないと来たら、絶望的だろう。
 しかし、ここにいる男の計略だけは例外だ。彼は流行の仕掛け屋(トレンドメイカー)であり、時代を先取りする天才的な目を備えていた。そして何よりも彼には例えそれが箸にも棒にもかからないものでも、力押しで文芸セレブにまでデッチ上げてしまうほどの恐ろしくも潤沢な資金力があった。これまでも数十人という「時の人」を作り出して来たが、まだまだ数十人分は打ち上げられるだけの体力を持て余しているのだ。彼がシャトル計画と呼んでいる再ブレイク計画も、困難ながら成功例がいくつかあった。
 彼の名前をここに記すことはできない。心当たりがあっても黙っていた方がいい。凡庸で退屈な酷くつまらないあなたがたの人生であっても、せめて少しは長びいた方が幸せだろうから。そこで仮に彼の事をここでは「仏陀」と呼ぶ事にしよう。この名前は社会的な隠れ蓑となっているある種のコードネームとして機能しているからだ。
 さて、この物語は仏陀のその優雅な一日が始まる朝の風景を第一場とする。
 優雅な朝と言ってもこれを読んでいる読者諸氏には想像もつかないだろう。想像すらできないものをたといここで事細かに描写してもあまり意味はあるまい。あなたがた凡人には想像もつかないほどの優雅さとだけ言っておこう。せいぜい想像の及ぶ範囲で最高の優雅な朝を想像するといい。実際のところは、さらにそれの数千倍はゆうに優雅だ。
 仏陀は朝一杯の珈琲を実に優雅にちびちびとやりながら、いつものようにネットにアクセスした。仏陀はインターネットに蠢く自称(自傷)作家(擦過)達の姿を眺めるのを事の他およろこびになられはべったのである。とりわけ「喧噪異端文学同盟」や「羞漢文芸文学」、「おこぼれ御前」などがお気に入りのサイトで、これらに棲息する自称作家達の「作家」に対する憧れやルサンチマンを眺めていると、また格別に朝食が美味しくお召し上がりになれはべれけったのだ。それらはまるで、血の池に悶え苦しむ亡者、汲み取り便所の糞尿に浮き沈みする蛆虫の如く、仏陀には映っていたに違いない。
 さて、これらの文芸サイトでのたうち回っている亡者の群影の中、ひときわ目を惹く苦しみもがきようを披露している者があった。彼の名(ハンドルネーム)を、文駄多(ぶんだた)と言った。
 文駄多はそれは凶悪な駄文家で、恐ろしい悪文家で、その上に拙文家であった。彼の悪行は数知れず、讀む者を必ず不快にした。しかしながら当の本人は自分を天才であると思って疑わなかったし、その見解が公のものとならない時は「荒らし」行為に及び、あまりに煩いので誉めてやればまた誉めてやったで「どのあたりのくだりがどんなふうに良かったのか?」と執濃く詰問するという有り様。挙げ句に誰もが相手にしなくなってしまったが、それでも性懲りもなく駄文を投稿し続けていた。仏陀にとってはこれ程面白く観察できる対象もまた少なかった。
 そんな文駄多ではあったが、その生涯にたった一度だけ、名作を書いた事があった。
 それは「蜘蛛の糸」と題された短編小説で、勿論大自然の神秘が産み出した偶然の名作であるため、彼自身がその善し悪しを判断できよう筈もないから、本来ならば「こんなもの!」とすぐさま削除していたところであったが、文駄多はその時ばかり珍しくも思い止まった。「こんなちっぽけな駄作も、一度この世に生を受けたのだ。闇雲に殺生しては可哀想だ」と柄にもなく仏心が起き、「喧噪異端文学同盟大賞」に応募したのである。
 かつて仏陀はこの作品を読んで珍しくも感動した事があった。「喧噪異端文学同盟大賞」に於いては大した評価はされていなかったが、それはそれは言葉で言い表せない程の傑作文学であったとだけ記すに止めよう。世界中の言葉に翻訳された日には全世界を感動の渦に巻き込む事はまず間違いがないという、数百年いや数十年いや数年に一度の大傑作なのだった。
 この朝、仏陀はその作品の事を気まぐれにも何となく思い出し、「どうれ、この悪文家にひとつ大作家の花道を与えてやるのも一興かも知れぬ」と思い付いた。そう思い付くと彼は早速、息のかかった出版社に電話をして「蜘蛛の糸」を含めた文駄多作品集の出版を確約させてしまった。
 困惑したのは出版社である。仏陀の希望を叶えなければ仕事はおろか命の保証もない。勿論一も二もなく了解するしかなかったが、何しろネット上の作家である。判っているのはハンドルネームとメールアドレスだけ。権利上の問題をクリアするには、作者が何処の誰なのかをつきとめる必要があるだろう。しかしこの仕事はかなりの困難が予想された。文駄多の使っているメールアドレスは転送もので個人が特定できないし、有名な出版社が探しているとあれば「自分が文駄多です」と偽って名乗り出る輩が現れないとも限らない。一人二人ではないだろう。同盟に出入りしている他のハンドルネームも含め、あっと言う間に数百名が名乗り出る。当然、本物の文駄多もこの中に含まれているだろう。しかし名乗りをあげた誰もがそれそこの証拠を提示して来るだろうし、誰もが決定的な証拠を提示できないだろう。出版社の担当はこれらの懸念を正直に話すより術がなかった。
「ふふん。面白いじゃないか」話を聞いた仏陀はそう言い放った。「誰が文駄多だって構わん。そうだ。面白い趣向を思い付いたぞ」
 仏陀という人間の質の悪さは、このような「面白い趣向」を思い付いてしまうところにある。彼は既に様々な才能を干し烏賊ママにしていたが、弱者を嬲り玩ぶ才能は中でもことさらに秀でた天才性を茹で章魚パパだったのである。時としてこの「面白い趣向」は残酷を極め、彼の仕打ちによって性根を捻曲げられてしまった人間は、二度と真っすぐに歩く事がなかった。被害者の一例を紹介しよう。
 ここに一人の男が歩いている。彼はかつて仏陀の「面白い趣向」の餌食となった男である。男は何故だか日陰日陰へと建物沿いに歩いている。しかもゆるゆると蛇行しながらなのが見て取れるだろう。右肩が上がっているのは背骨が曲がってしまっているからだ。片目をつむって眩しそうにしているのは、両目を見開いて世界を直視する事ができなくなってしまったからだ。暫く彼の後を追ってみよう。
 男はコンビニの前までくると、「クク」と唇の片側を上げて笑った。薄気味の悪い笑顔だ。これが仏陀の犠牲になった者によく見られる典型的な笑顔である。ポケットから何やら出した。携帯用灰皿のようだ。彼は何かに怯えるようにキョロキョロと辺りを見渡すと(仏陀への恐怖がまだ全身を巣食っているのだ)、灰皿の中身を傘立てに刺してある傘の中へボソボソと落としはじめた。「へへ、へへ」楽しそうである。実際これが唯一彼の人生における至福の瞬間であり、普段は死んだようにただ街中を徘徊しているのだ。他に彼の笑顔を見る事は決してないだろう。男はやがて蛇行しながら人ごみの中に消えて行った。
 話が少し脱線してしまったようだ。もうこの男から視線を逸らす事にしよう。このまま見守っていても人間として生物としてどんどん駄目になって行き、やがて朽ち果てる様を目の当たりにするだけだ。そんな無駄な時間を使わず、物語を先に進めるとしようじゃないか。
 兎も角、仏陀の「面白い趣向」が如何に残酷を極めたものなのか、如何に人間を壊してしまうかがお分かりになっただろう。この「面白い趣向」という言葉を耳にした瞬間、出版社の担当者が如何に戦慄に身を震わせたかもお分かりいただけただろうか?
「へ、へ仏陀、一体何を思い付かれはべられたのですか!?」担当者の声は小刻みなビブラートで弱々しく、カラカラになった咽から乾いた空気が漏れた。
「何をってそりゃ決まってるじゃないか。『蜘蛛の糸』に相応しいちょっとしたお遊びだよ」
「も、もう人間でお遊びになられるのはやめてくださいっ。あなただって同じ」この担当者にしてみれば己が人生を投げうった捨て身の反抗だった。これまでに仏陀に壊されてしまった数多の犠牲者達への、同じ人間としてのヤムにヤマレヌ、トムヤムクムだったのだ。あなただって同じ人間じゃないですか?と言いかけて思いとどまった。電話の向こうにいる相手は、ひょっとすると悪魔なのじゃないだろうか。
「そうはいかない。こんなに面白い事を思い付いちゃったんだから」仏陀は長椅子に身を横たえると、電話口の担当者にその素晴らしい思い付きを話し始めた。「インターネットチャットの我慢大会というのはどうだい、君」
「我慢、大会ですか?」
「そうさ、チャットルームを開設してそこで本物の文駄多に自分が本物であることを証明してもらうのだ。何日、いや何十日かかろうと構わん。最後の一人になるまで続けるんだ。参加者は5分に一度書き込みをしなければ失格となるようにプログラムしたまえ。再入場も許可しないようにな。それで最後まで残った奴が勝者だ。そいつが本物の文駄多であろうがあるまいが、『蜘蛛の糸』をそいつの本として出してやるんだ」
「はあ、成る程。しかし、何人かが入れ替わりで書き込んでいれば、何日間でも書き続ける事が可能なんじゃないですか?ネットの向こうで本当に一人の人間が我慢大会に参加しているかどうか、確かめようがないじゃないですか」
「ふふん。そんな心配なら無用だな。何故なら、Web作家などという輩には友達はいない。いたとしてもそんな馬鹿な我慢大会に付き合ってくれるもんか」
「Web作家同士が組んだとしたらどうです?」
「組むわけがないじゃないか。チームで勝利を勝ち取ったとしたって、その後には誰か一人が権利を主張するのだ。最初から助け合おうなどとは考えないだろうよ」
「アクセスが殺到したらどうしますか?それに耐えられるぐらいの高価なサーバシステムを使いますか?」
「いや、サーバはPCレベルで構わん。回線も細い線で構わん。サーバがパンクしたらその時はノーコンテストだ。その後誰一人として権利を主張しても受け付けんと断わり書きをしておくのだ」
 成る程、仏陀が言ったように「蜘蛛の糸」に相応しい趣向であることに間違いはない。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」は、地獄に落ちた罪人が生前ただ一度蜘蛛の命を済った事を知ったお釈迦様が、罪人に極楽から蜘蛛の糸を垂らしてやるという話である。罪人は糸を登って極楽へ行こうとするが、他の罪人達まで彼の後を追ってぞろぞろと登って来てしまい、重さに耐えられなくなった蜘蛛の糸はついに切れ、またしても地獄の血の池に落ちてしまうという筋書きであった。回線が太くはなく、またアクセスが殺到した掲示板がどうなるか?次々にやってくる要求に耐えられなくなったシステムはダウンするだろう。その時まさに文駄多の希望も一瞬にして消えるのである。インターネット回線を蜘蛛の糸に見立てた、正に悪趣味なお遊びだ。出版社の担当は嘔吐をもよおした。
「そんな、惨い。あなたは純粋に作家になりたがっている人間を潰そうというのですか?」
「すぐに用意して、文駄多の目にとまるように大々的に告知するのだ」仏陀と会話ができると思ってはいけない。彼は一切の会話に応じようとはしないだろう。仏陀が他人の質問に答える事はない。ただ命令を下すだけなのである。

 一方、文駄多に視点を移してみよう。
 ある雨の日、アルバイトをサボった文駄多は本屋へと向かった。文駄多は本屋が大嫌いだった。作家を志す者が本屋嫌いとはいささか不思議な事に思えるが、理由を聞けば成る程彼の性格を象徴した話である。その理由とは簡単な話である。彼の本が置いていないからだ。出版すらしたことがない彼の作品が置いていよう筈もないのだが、下らない作家の下らない作品ばかりが堂々と平積みになり、自分のような天才的な才能にまるで見向きもしない。そんな下劣な社会の下劣な書店だと、彼には感じられていたのだ。そして何よりも恨みがましかったのは、これらの下らない作品を書いている下らない人間達には莫大な印税が入り、ありとあらゆる豪遊をして人生を謳歌しているに違いないだろう。自分はといえば奴隷のような生活を強いられ、ただこの下らない世界が終わるのを待ち続けている毎日なのだ。
 文駄多は呪っていた。呪って呪って呪っては呪い、その怨念は駄文となって次々に彼から排泄され続けていたのである。呪えば呪うほどに駄文は更にどんどんと駄文化して行き、絶対に声に出したくない日本語となって行った。しかしそれを彼自身は特異な独創性であると思い込んで疑う事がなかったし、唯一の取り柄であると同時に己の人間としての価値を決定付ける唯一の能力であると考えていたので、他人の文章を否定せざるを得なかったし、実際に彼の目にはごくごく普通の文章でさえ、どんどんと非道く下らないものに映るようになっていたのである。
 そんな本屋嫌いの文駄多を、何故この日ばかりは本屋に見つける事になったのか。それにはそれなりの事情があった。この日は「月刊純文学」の発売日だったからだ。今月号には「月刊純文学大賞」の受賞作品が発表される事になっていた。彼はもう何年間もずっとこの賞に応募してた。自分では傑作中の傑作と思っている虎の子の作品ばかりだったが、佳作にさえ選ばれず、今年こそはとこの日を待ちわびていたのだ。
 用のない棚には目もくれず、文駄多は文芸誌の棚に進むと「月刊純文学」を手に取りレジへ急いだ。小銭で代金を支払うと紙袋に入った「月刊純文学」をショルダーバッグに押し込み、さっさと本屋を出て喫茶店に入った。大賞発表ぐらいは立ち読みで確認すればいいようなものだが、彼には心の準備が必要だったのだ。当然である。もしも今度も落選していたならば、文駄多はケジメをつけるつもりでいた。この下らない人生と下らない世界を見限る覚悟をしていたのだ。
 手近な席に座った文駄多は、店員が持って来た冷水を一気に飲み干すと、バッグから「月刊純文学」の紙袋を取り出し乱暴に中身を掴み出した。そして祈るように受賞作発表のページを探し出した。ある意味では文駄多には結果がわかっていたと言って良い。自分の作品に対する諦めではない。自分が無視される事に対する確信だ。これまでの人生で自分はずっと無視されて来た。これからもずっと無視され続ける。まるで無いもののように扱われる。今回も自分の名前は載っていないだろう。数カ月を要して書き上げた自信作だったが、まるで何も世界を変える事は無いのだ。何も変わらない。世の中の誰一人に何の影響も与える事はない。
 自分の名前の載っていない誌面を凝視しながら、文駄多はワナワナと震えた。何故みんな無視するんだ。俺の才能に嫉妬しているのか。俺の存在が邪魔なのか。ではこの俺は何故生まれて来たのだ。邪険にされ苦しめられ殺される為にだけ生まれて来たのか。冗談じゃない。文駄多は込み上げてくる怒りを鎮める事ができずに手にしていた「月刊純文学」を引き裂いた。人類が今まで存続しているのは、このような時にこのような人間の前に核ミサイルの発車ボタンが無かったからである。もしも日本が銃社会で文駄多にも簡単に拳銃が手に入るようだったら、この時喫茶店に居た人間は皆助からなかったかも知れない。しかしまだ人類の歴史は続きそうだ。文駄多には沸き上がった激憤を自らの五臓六腑に押し込めるより術がなく、犠牲になったのは哀れな文芸誌一冊にとどまった。
 店の従業員はオーダーすら取りに来なかった。何やらただならぬ文駄多の様子を見て、呼ばれるまで放っておこうと思ったのである。しかし文駄多は何やらブツブツと口の中で呟いているばかりで、一向にオーダーをしようとしない。店員は恐る恐る近付くと、遠慮がちに尋ねてみた。
「あのう。何になさいましょうか?」聞かれた文駄多は凄まじい形相で相手を睨みつける。店員はこの客があきらかに何やら蟲の居所が悪いのだと確信した。しかしイライラしていたのは何も文駄多ばかりではない。この店員もまたあまり安定した精神状態でいたとは言い難かった。
「何にもたのまないなら出てけよ」と店員は文駄多を睨み返した。文駄多は気の小さな男で、それが幸いして犯罪や事件的要素の極めて少ない人間となっていた。「こ、珈琲ください」と小さな声で言うと、店員から目を逸らせて俯いた。店員は舌打ちをして立ち去った。
 文駄多はしかし、このような時に素直に自分の力量の欠如を認め、更なる精進に励もうと決意するような性格ではなかった。そのような性格であれば、もう少しはマシな文章を書くようになっていただろう。では何故自分が落選したのかという理由について、文駄多はどのように考えていたのだろうか?まず考えるのは社会の堕落である。今の店員などはいかにも頭が悪そうで、およそ文学作品など読んだ事もないだろう。ああいう人間が社会に蔓延しているから、自分の作品の真価が理解されないのだ。そしてもしも真価を理解する人間の目に自分の作品がふれるような事があっても、今度は羨望と嫉妬の鉾先となり黙殺されてしまうのだろう。だから自分は落選したのだ。天才である自分が書いた最高の傑作である筈の応募作が、そうでなければ落選する理由がどこにあるというのだ。
 一度は死を覚悟した文駄多ではあったが、ただこの世界からひっそりと静かに消えてゆくのはどうしても納得がいかなかった。ある者はこんな場合に小学校に乱入して児童を何人か刺し殺し、社会と人間に復讐して死刑になってゆくのだろうが、彼にはそんな大それた事をする勇気も行動力もなかった。どんな犯罪を考えてみてもどうしても自分には実行できそうになかったし、そもそも動機が社会と人間への復讐では、あまりに対象が大きすぎて何をやっても実に小さな事のように感じた。目的は全人類が自分の前にひれ伏す事であり、関係のない人間を傷つけたところで何も面白くない。
 彼は煙草の箱が空になる迄煙草を吸うと、苦い珈琲を飲み終え、喫茶店を出た。文駄多が去った後のテーブルを見ると、吸った筈の煙草の吸い殻が灰皿から綺麗に無くなっていた。そう、文駄多は喫茶店を出たところで、本屋の紙袋に入った煙草の吸い殻を、誰のともわからない傘の中へ捨てたのである。

 さて、仏陀に視点を戻そう。
 仏陀の優雅な朝も終わろうとしていた。彼の実務が始まろうとしていたのだ。仏陀がデスクに添え付けられたボタンを押すと、50畳はあろうかという彼の部屋の一角にスクリーンが現れた。やがてそのスクリーンを日本地図が一面覆ったと思うと、一角がモニタリングされ彼のブレーンの1人がうやうやしく頭を下げている映像が映った。
「おはようございます仏陀様」
「うむ、おはよう。文学書撲滅運動は進んでいるかね?」
「それはもう、順調でございます。御覧の通り、全国の書店は日を増すごとに減少の一途を辿っております。残された書店も最早、アイドルの写真集や漫画しか置いていないという状況でございます。何しろ、文字ばかりの本は売れませんもので」
「よろしい。計画通りに進めてくれ。下らないものばかりで世界を蔓延させるのだ。そして本屋という本屋を世界中から消しさるのだ。それが20年前に私が誓った復讐なのだからな」
「御意」

 懸命な読者はもうお気付きの事だろう。何を隠そう、仏陀こそが文駄多の20年後の姿であった。彼はあの喫茶店を出て他人の傘に煙草の灰を落としたのを切っ掛けに、人生を180度転換したのである。仏陀はインターネットに蠢く作家志望の若者達に20年前の自分を見ていたのだ。
 彼はマスコミ関係の会社に就職すると、瞬く間に輝かしい業績をあげた。運も彼に味方していた。まるで作家を諦めたのが正解であったかのように、全てが順風満帆でトントン拍子だった。何が成功の鍵だったかは明白である。彼のねじくれた性格が実にマスコミ向きだったのだ。何事も他人のせいにする点や、美味しい所は全て自分だけで享受するその抜け目の無さと図々しさ。そして彼は知ったのである。作家として名を上げるなんていう事は、才能や力量とはこれっぽっちも無縁で、全ては金とプロモーション、シビリアンコントロールに過ぎないという事を。
「革命家の行う力での焚書運動は意味がない。人間は抗う事でさらにパワーを増すからな。そうではなく人間から文字を奪うのは贅沢だ。安直にイメージが手に入る世の中になれば、イマジネーションが枯渇して、文字などただの記号の羅列にしか映らなくなる。そんなものを欲しがる奴も消える。はっはっはっは。そして作家になりたいなどとほざく奴は、私が才能の片鱗を見ただけでねじ殺してくれよう。私がプロデュースする奴は恐ろしいほど馬鹿で無能で無茶苦茶な奴ばかりなのだ。そうして文化をコントロールし、この世界を下らなく最低にしてゆくのが、私の20年前に誓った復讐なのだ」



終しまい 



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