by Qビック
雨季の雨が屋根を叩く音が、不快な音楽のように部屋をつつんでいた。さびた鉄格子がはまった窓から、灰色の海が霞んでいる。もう夕方のはずだが、まだ明るい。
かび臭い部屋。薄汚れた白い壁。粗末なベッド。その中で、シーツだけが新しい。
杉原昌治は、ベットに腰掛け、これから行おうとする背徳を前に、体を振るわせていた。
額の汗を拭い喉を指で摘みながら、唾液を飲み込んだが、粘り気のある液体は食道に絡みつくようで、返って乾きを覚えた。
自分が生きてきた三〇年の歳月が、今日のためにあったのだと思った。
長く孤独な日々だった。家族や友達が居なかったわけではない。どんなに親しい人々がそばにいても、杉原は孤独であった。
杉原は、日本では、満たされぬ欲求を果たすため、遙々、南国まで足を運んだのだ。
杉原は、逸る心を抑えようと、大陸で始まった戦争のことを考えた。巨大な中国と始めてしまった戦争に日本は勝てるのだろうか。日本軍は、この南国にまで侵攻するのだろうか。そうなる前にことを済ませたかった。ここが日本になってしまっては、行うことを躊躇してしまうだろう。
もうすぐだ。この部屋の薄汚れたドアを開け、生け贄の幼女が入ってきたとき、杉原は、初めて、本当の自分自身に会えるのだと思った。
杉原は、この売春宿に入るときのことを思い出した。
「お客さん。サイコロを振ってくれるかね。幼女がいる部屋は二階だよ。六部屋あってね。この宿では、サイコロを振ってもらって相手を決めるんだ。いい目が出るとはかぎらんがね。まあ、どの部屋にあたっても、可愛い子ばかりなのは、保証するよ」
と、受付の初老の男が言った。
杉原は、幼女を売る売春宿など初めてであったので、そういうしきたりなんだろうと思ってサイコロを投げた。
「おや、二だね。二○二は、ふさがっているから二○三番の部屋で待っているといい」
初老の男は、階段を指さしながら言った。
外が薄暗くなった頃、ドアが開き、幼女が入ってきた。幼女は、黒い髪を腰まで垂らし、暗い顔をしていた。瞳孔が開いた瞳は、深淵に通ずる穴のようだと思った。
ランプのオレンジ色の炎が、小刻みに揺れながら、半裸の幼女を照らしていた。
杉原は、幼女を哀れむより、自分の欲望がそそり立つのを感じた。
この子だ。この子こそ、孤独を癒やしてくれる天使なのだ。
杉原は、幼女の名前を聞いた。
幼女は「アン」だと名のった。
「アン、優しくしてあげるよ」
杉原は、両手を差し伸べアンに来るように促した。
アンは、動かなかった。
杉原は立ち上がり、アンの頭をなでた。
杉原の手を通して、アンが細かく震えているのを感じた。
「怖がらなくていいんだ」
杉原は、アンの肩を抱き、ベットに腰掛けさせた。
杉原は、アンと並んで腰を下ろすと、アンを抱き寄せ、髪の臭いを嗅いだ。
幼女の香りは、杉原の遠い記憶を呼び覚ました。杉原の記憶で最も古い記憶の一つ。
夏のせせらぎの中、杉原は、従姉と小魚を追い回していた。
手のひらですくい取った魚は、石で囲んで作った生け簀に放された。
杉原は、上手く魚を掬うことが出来きなかった。
三つ年上の従姉は、もう四匹を生け捕っていた。
「昌坊、こっちから魚を追うから、そっちで捕まえてみい」
杉原にとっては、従姉の情けが、返って鬱陶しく思えた。
「いい、自分で取れる」
杉原は、無気になって魚を追った。川底は、苔が生えて滑りやすい。
杉原が足を滑らせ、従姉と重なり合ってせせらぎに倒れた。
「なにやってるん。びしゃびしゃじゃない」
従姉は、怒っているのか笑っているのか杉原にはわからなかった。
「お母ちゃんに叱られるから」と、杉原と従姉は裸になった。
杉原は、従姉の白い裸体に目を細めずにはいられなかった。
トンボが二匹つながって飛んでいった。
「合体しよう」
杉原は、腰を下ろしている従姉に後ろから抱きついた。
従姉の髪の臭いが鼻をくすぐった。
従姉の背中に押しつけられたちんちんから、気分が高揚してきた。
「昌坊、やめい」
杉原は、従姉から離れた。
ちんちんが怒っている。
従姉の股間には、ちんちんがなく、深い切れ目があった。杉原は、手を伸ばした。その途端、杉原は、手首を強く打たれた。
「なにすんの。いやらしい子だね」
従姉は、眉をつり上げ杉原を睨んでいた。
杉原は、その日以来、オナニーをおぼえた。まだ、六歳だった。
うつ伏せになり、性器を床に押しつけて、快感を覚えるようになった。
従姉の秘部に、指を押し込んで行く。
熱い間隔。
オシッコが出る穴の中へ進む指先。
痛みに震える従姉。
指を曲げ、内部を掻き回す。
そんな空想で、杉原は、快感を覚えるようになった。
アンの体に触ると、無表情に見えても、脅えているのがよく解った。
優しくすると言う言葉とは、裏腹に、杉原は、心の中に、凶暴な獣欲がわき上がってくるのを押さえることが出来なかった。
哀れな生け贄。アン。
これから、この小さな体は、受け入れがたい物を受け入れなければならないのだ。
杉原の指が、アンの秘部に伸びる。
アンの皮膚は冷たかったが、奥部には熱を持っているように思われた。
杉原の指が異常を感じた。
杉原は、幼女をベットの上に転がすと、脚を押し広げて、股間に目をやった。
幼女の白い肌に、ピンク色の肉。その中心線上にマグマまで通じるかのように開かれた赤い裂傷。幼女の股間は、菊座から玉門にかけて裂かれていた。
どちらの穴も、成人のものを受け入れるには、幼すぎたのだ。
その傷は、前と後ろからの裂傷がつながったもので、何回もの行為を続けられ、徐々に開かれていったもののようだ。特に治療をしているようにも見えなかった。
それを見たとき、杉原の心には、哀れみよりも、残酷な衝動がわき上がってきた。
自分の人生の苦しみをこの幼女の傷口に注ぎ込んでやると。
それ故に、想像しがたい苦痛を幼女が受けることは、自分の苦しみを吸収したがためなのだと思った。災厄や病を一身に受けることで、人々を救う聖少女。それがアンなのだと。
アンが低くうめいた。
肩を抱いていた杉原の手に力が入りすぎたのだ。
杉原は、アンの顔に吐息を吹きかけながら、
「さあ、わたしのわだかまりを受け入れてもらえるかな」
と、言った。
アンは、小さく「いやぁ」と口にした。
「くくく、結局、痛い目が怖いのか。聖少女だと感じたが、ただの薄汚い売女なんだ!」
杉原は、そう叫ぶと幼女にピンタを喰らわした。
幼女が悲鳴を上げ涙を流すと、杉原は鼻息を荒げた。
ここでは、何も我慢することはないのだ。猥褻や暴力であろうと、この娘がたとえ死んでも咎められることはない。
杉原は、幼女にのし掛かりベッドに押し倒した。
最初に無表情だったアンも、今は恐ろしさに泣き叫ぶ幼女だった。
幼すぎる体にとって、性行為から受ける苦痛は、押さえきれない恐怖を生み出すらしい。
杉原は、無遠慮に指で性器をまさぐった。
小さすぎるそれは、熱く湿っている。
杉原は、ここを教えてくれた白人の紳士の言葉を思い出した。
「入らなかったら、後ろを使えばいい」
杉原は、後ろも入らないじゃないか、どしらにしろ裂いて入れるしかないのだと思った。
ためらうことはない。どっちみち、こうなる運命だったのだと。
杉原は、幼女の傷口を割って押し入れた。
アンは、大声で悲鳴を上げ、痙攣を起こした。
杉原の下半身に血のぬるぬるとした感覚が伝わってくる。
しかし、杉原はやめなかった。こうなることは、知っていたんだ。
杉原は、泣きじゃくるアンを夢中で犯しつづけた。
何時間立ったのかわからない。
たった数分のようにも感じられる。
ランプの光が揺れる部屋に、血だらけのベットと、死んだように目を見開いて、転がっているアンと、それを見下ろしている杉原が居た。
杉原は、ほんとうにこれでよかったのかと思った。
こんなことのために、自分は生きたきたのかと思った。
渇望していた欲求が満たされたとき、手に入れた物は、血だらけの虫の息の幼女だった。
杉原は、日本に帰国した。
財産をなげうっての旅行だった。
杉原には、何も残っていない。
なにもかも夢のようだと思った。
東京の小さな工場に潜り込み、そこで一生を終わろうと思った。
まだ、人生の半ばまで達していなかったが、杉原にとっては、もう余生であった。
杉原は、ときおり、妙な夢を見る。
草原に立つ杉原。
幼い従姉が杉原を呼んでいる。
従姉は、トンボを結んだ糸を手にしている。
杉原がそちらに駈けていくと、従姉が全裸だということに気がつく。
よく見ると従姉ではなく、アンであった。
アンは、股間から血を流し、その血が草原に垂れている。
そこから、地割れが起こり、杉原の足下まで急激に伸びてくる。
おどろいた杉原は、逃げる間もなく地割れに飲み込まれるのだ。
日に日に夢を見る間隔は離れていったが、見るたび、杉原は、目を覚まし、寝汗を脱ぐわなければならなかった。
その夢を見るたび、杉原は、あのときのアンと自分は確かに存在したのだと感じた。
アンは、今、いくつくらいだろうかと考えることもあった。
そう長くは、生きていられないだろうと思うと冷たい汗が背中を流れる感じがした。
あのときの賽子が二でなたったら、二○二が塞がっていないかったら、アンとは会わなかったのではないか。三でも、アンと出会っていたのか。四ならどうだったのか。
アンでなかったら、暴力的に犯さずとも、大人を受け入れられる子供に当たったかもしれなかった。
しかし、杉原は、アンでよかったのだと思っていた。
アンは、最高の快楽を与えてくれた。
杉原は、あの夕方を最後にアンが死んでしまってくれればいいのにと思う自分にぞっとした。
戦争は、長引いていた。
杉原は、幸か不幸か、徴兵を免れていた。梅毒病みで鼻の軟骨がくぼんだ杉原は、出兵できなかったのだ。
戦争で、南国に行けばアンに会えるかも知れないと考えなくもなかった。
兵士の中にも、自分と同じ欲求をもち、現地でことを成す輩もいるのではないかと思うこともあった。
しかし、杉原は、自分の道を生きたのだと思った。
皮膚も見にくく変形し、歩いてもびっこを引く自分だが、アンに比べたらましだと思っていた。
あれから、杉原は、どんな孤独にでも、苦しみにでも耐えられるようになったのではないかと思う。いや、自分から、孤独や苦しみを受け入れるようになったと思った。
アンは、聖少女だったのかもしれない。
自分は、生まれたときから幼女姦という悪魔に取り付かれていたのではないか。
それをアンが身を持って受け入れ、自分に受難を与えたのだと。
戦争が終わり、奇跡的に、工場が空襲を免れたときも、焼けなかったことが悔しく感じる自分に杉原は愕然となった。
戦後の混乱も収まった頃、杉原は、自分の死期が近いことを感じていた。これでも、梅毒病みとしては、奇跡的な長寿であろう。
アンからもらったスピロヘータは、神経や骨や内臓や脳までを食いつぶしていた。
杉原は、もう一度、サイコロを振りたいと思った。
南国の賽子亭に行って、アンの安否を知りたいと。
行っても解るわけがなかったが、サイコロを投げて見たかった。
意中の目がでるとは限らない。しかし、最期の一振りをしたかったのだ。
バカなことだとは、解っていた。
杉原は、退職金をつぎ込んで南国行きの船に乗った。
同じ航路を旅したときのことが、鮮明に思い出された。
あの頃は、若く健康で、欲望に満ち、希望を持っていた。
今は、老い、体も頭も思うように動かず、遠に希望を失った身だが、昔と同じように水平線の彼方を見つめている杉原が居た。
港は、雨期の雨でけむっていた。
杉原は、足を引きずりながら、タクシーで賽子亭のある岬に向かった。
雨は、時折激しく降り付けた。
あの日と同じだと思った。
もう一度、二○三号室に泊まりたい。
予約も無しに行って、二○三号室に泊まれればまたアンに会えるかもしれない。
もし、会えたら、なんと言おう。
お礼を言おう。謝るのが先か。
とめどのないことが、次から次へと頭の中をかき乱していた。
よい目がでるとは限らない����賽子亭へ。
杉原は、タクシーを降り、その建物を見上げた。
賽子亭が建っていた岬には、真新しい鉄筋のホテルがそびえていた。
屋上には「ホテルキューブ」の看板が金属色の光を反射していた。
杉原は、足を引きずりながら、中へ入り、ホテルのクロークで、宿泊したいと申し出た。
フロントマンは、一瞬けげんな顔をしたが、すぐに営業スマイルに戻り、
「五○六号室が空いています」と言った。
杉原が、二○三号室にしてくれと言った。
フロントマンは、目で笑いながら杉原に答えた。
「申し訳ございませんが二○三号室は、他のお客様がお泊まりです。当ホテルの部屋は、どの部屋も、同じように快適でございます」