第六話 天使降臨

by 静夜


シーン1:ソドムの宮殿

  夕日の赤と炎の赤が、西の空の夕闇と黒い煙に交じり合い、どす黒い血の色を作り出す。
  少しずつ風は強まり、砂が宙に舞い上がる。
  砂漠の真ん中では無意味な、贅を尽くした宮殿は半ばまでが損壊し、あるいは炎と煙をまとい、無残な姿をさらしている。

  グロースヴァルト少佐は焦りを覚え始めていた。
  作戦開始から30分、彼ら『サンドフィッシュ作戦』の精鋭たちは難無く『ソドムの宮殿』地上部分を制圧、地下シェルター部の第3層までは辿り着いたものの、第4層以下へ進むことができなくなっていた。
  地上部分と第3層までは何の抵抗もなく、オートロックは解除され、戦闘用ロボットは停止し、トラップもすべて停止していた。不思議な事に、パク少尉らのコンピューター部隊はその時点でコンピューター室に辿り着いてはいなかったのだが。
  しかし、第3層から第4層へ向かう全ての経路は防衛システムが生きており、部隊のうち3名がトラップで死亡、さらにロボットの攻撃により少佐の部隊は防戦一方に陥っていた。
  この作戦の最大の目的はアンチナチュルたちの悪行の証拠を掴むことにあるが、グロースヴァルト自身は一人でも多く、捕らわれの少年少女たちを救出したいと考えていた。
  「しかし、このままでは・・・・・」
  少年少女たちの身柄はもちろん、彼ら自身の退路を断たれる危険性もあった。
  機関銃の弾ける音と、榴弾の爆音がさらに彼をいらだたせる。

  その頃、コンピューター室の近くでは、蛭田がパク少尉の部隊と鉢合わせし、捕らえられていた。両腕の間接を決められたまま、通路にはいつくばっている。
  「貴様、民間人か? こんなところで何をしている?」
  パク少尉が小銃を蛭田の眉間に突き付けた。しかし蛭田は「にっ」と笑い顔を作り軽口をたたいた。
  「へへっ・・・つまらねぇ事になっちまったなぁ」
  次の瞬間、パクの軍靴のつま先が蛭田の鼻にたたき込まれた。
  「ぶはっ!」
  蛭田は鼻血を流していた。鼻骨が折れたらしい。
  「我々には遊んでいる暇は無いんだ! ん?貴様、手に持っているのは何だ?」
  パクは蛭田が握っていたカード―ジョーカーに目をとめた。パクが目配せすると、部下の一人がカードを奪い、パクに手渡した。
  「くそっ!」
  蛭田は痛みと憤りで呪詛の言葉を発してみたが、それは声音にはならなかった。
  「これは・・・!」
  パクはカードを見て驚愕した。
  それはアンチナチュルの全権委任カードであった。コンピューターの管理はもとより財産管理、核ミサイルの管理、そして『ソドムの宮殿』の全システムの管理を可能とするカードである。
  パクは蛭田からこのカードの出所を聞こうと思ったが現在、作戦は一刻の猶予もない状態であることを考え、詰問は作戦終了後に行うことにした。
  つい5分ほど前の極短波通信では本隊が足止めされて、作戦続行に支障が出ているということだった。
  「このカードがあれば全防衛システムを止められる。おい、その男に手錠をかけて連れてこい。あとで少佐から尋問していただく」
  パクは部下に命じ、蛭田を伴ったままコンピューター室へ向かった。

シーン2:キリエムの部屋

  「解除できない? どういうことです」
  キリエムはわずかに眉をひそませ、モニターの中のベアリュに問うた。
  「はい、誠に残念ですがシステムの最深部に外部との通信回線を持たないコンピューターが使用されている模様です」
  「では、肝心なところには外部から侵入できない・・・と?」
  「申し訳ございません。現在、軍の情報部隊が『ソドムの宮殿』のコンピューター室を使用している様子で、あとは彼らが自力で解除するのを待つしかありません」
  キリエムはここまで憔悴したベアリュの顔を見るのは初めてだった。
  「仕方がありません。現在ハッキングに成功している部分をフル活用し、捕らわれている宝石たちが軍に保護されるよう、手を打って下さい」
  「最善を尽くします」
  ベアリュの顔が消え、モニターがグレーに戻った。
  「宝石たちが無事なら、それぞれの生活に戻ってから集め直せばよいこと・・・」
  キリエムはひとりごちた。
  (ああ、いったいいくつの宝石があのいまいましき下賎の者共に壊されてしまったのだろう)
  あまりの憂鬱さにため息をつき、ベルベットのソファに横たわる。
  そしてサイドテーブルのグラスを手に取ると、飲みかけていたワインを一息に飲み干した。
  軽い心地よさがキリエムを包み、まどろみへ落ちていこうとしたその時、またモニターに通信のコールが点滅した。
  キリエムは緩慢に立ち上がり、スイッチを入れた。
  「キリエムです」
 「お休みのところ、失礼致します」
  モニターに写ったのはアルフレッドだった。
  「先般ご所望の新たな宝石が2つ、ただ今入荷いたしました」
  「そうですか・・・名は?」
 「ハイドとスイレイです」
  キリエムの脳裏を、1週間前に見たファイルの中から選んだ少年・少女がよぎった。
  「分かりました。今日はよく休ませておいて下さい。明日から私の許に連れてくるように」
  「かしこまりました」
  再び、モニターはなにも写さなくなった。
  キリエムは『ソドムの宮殿』の事は意識の片隅に追いやり、新しい宝石たちとの戯れの日々に想いを馳せながら眠りに落ちていった。

シーン3:再び『ソドムの宮殿』

  パクたちコンピューター部隊が蛭田を連れたままコンピューター室に踏み込むと、そこにはジョーカーのカードを持っていた少年が、膝を抱えてうずくまっていた。
  パクはその少年の美貌や全裸であること、白い肌のそこかしこについた擦り傷や打撲の跡から、少年がアンチナチュルの犠牲者であることを即座に悟った。
  蛭田は気まずさから、少年の方を見ることもせず、少年がジョーカーを持っていたことも告げなかった。
  「アンスバッハ伍長、この少年に着るものを! 他の者は直ちにプロテクトの解除。メインコンピューターは私がやる」
  少年は即座に野営用の防寒シートにくるまれ、震える肩は兵士の力強い手が抱きとめられた。
  パクと部下たちは室内のコンピューター端末に取り付き、パクがジョーカーをリーダーに通した次の瞬間には尋常ならざる速度で最終2階層プロテクトが解除され始めた。
  パクの十指も泳ぐようにキーボードの上を動き回り、コンピューターの最深部へと潜り込んでいた。
  そのデーター解析の速度には蛭田も驚きを隠せなかった。
  (しかし、俺が本気出せば・・・)
  蛭田は悔しげな目でパクたちの作業を見つめていた。
  監視モニターに写るグロースヴァルト少佐の部隊は既に第4層に突入し、残り2つの階層へと侵攻しはじめていた。
  パクは自軍の勝利を確信しつつ最後のプロテクトの解除にかかった。しかし・・・
  「・・・!?」
  モニターに大きく表示された『ANGEL』の文字。
  既に、全ての防衛システムのロックは解除してある。しかし、1番最後に残されたこのプログラム『ANGEL』が解除はおろか、内容も分からずにいた。世界最高峰を自負するパクのコンピューター部隊総掛かりにも拘らず・・・。
  パクは焦燥感から血の気が引いて行くのを感じた。防衛システムは全て解除したはずだが、もしこの最後のプログラムがアンチナチュルの切り札だったら・・・。
  「少尉!」
  部下の一人が指示を求める目でパクを呼んだ。
  「総員、もう一度アタックだ。これが解除できないと・・・」
  「ちょい待ち!」
  パクが振り返ると、手錠をかけられたまま銃を突き付けられていた蛭田が、鼻血だらけの顔で不適な笑みを浮かべていた。
  「そいつの解除方なら知ってるぜ」
  貴様、適当な事を言ってるとこの場で銃殺するぞ!」
  パクが軍人らしい恫喝の声を発しても、蛭田は意に介さないように続けた。
  「その『ANGEL』とかってプログラム、内容までは知らないがプロテクトの解除法なら前にあんたらの国の大統領府にハッキングした時、見たことがある」
  「少尉、本隊が最終層に突入します!」
  「くっ・・・!」
  部下の叫びに、パクは最後の賭けに出た。
  「貴様、本当に解除できるんだな?」
  パクは蛭田の目を凝視した。
  蛭田はにやつきながらも、真剣な眼差しでそれを受け止め、うなづいた。
  「おい、手錠を外せ」
  パクは部下に命令し、自分の席を空けた。
  手錠を外された蛭田はパクの操作していた端末にかじりつくと、パク以上のスピードでキーボードをたたき始めた。
  (ほう・・・)パクは『ANGEL』の解除方に驚くと同時に、蛭田の手腕に舌を巻いていた。(この男、チンピラ、ハッカーをやらせておくには惜しい腕だな)
  そんなパクの思いを知る由もなく、蛭田はプロテクトを解除していった。
  「これで、どうだっ!」
  掛け声と共に蛭田が最後のリターンキーを押した。
  一瞬、モニターが暗転。
  続いて、モニターにメッセージが映し出された。真っ赤な文字で。

  《警告。『ANGEL』プロテクト解除。『ANGEL』封印除去コマンド送信中。『ANGEL』覚醒します。100%機能回復まで10,007分。》

 「何だ、これは? 意味が分からんぞ」
  しかし、パクの言葉はかん高いスパーク音でかき消された。
  部屋にいる全員が、その音を振り返った。その全ての視線の先には青白いプラズマがほとばしっていた。
  その発生源は、少年の、耳。
  「こ・・・これは・・・?」
  少年は意識を失っている様子で、力無く横たわるその顔には何の反応もない。
  一同が驚愕の表情で見守る中、
  ばちっ!
 「あーっっっ!」
  一際激しく弾ける音と少年の叫び声が響き渡り、少年の耳から、豆粒のような物が飛び出した。
  それは床に落ちると同時に弾け飛び、非常に微細な、無数の金属片と化した。

  静寂が訪れた。

 「・・・・・・おい・・・・・・・」
  少年の1番近くにいた兵士が恐る恐る少年に声をかけた。
  それに次いでパクも正気を取り戻し、床に散らばる金属片に駆け寄る。しかし、それはもはや判別不能なほどばらばらになっており、どんな機能の機械だったかすら分からなかった。
  「君、大丈夫か?」
  兵士が少年の肩を揺すった。
  少年がうっすらと目を開ける。しかし、その目にはまだ意志の光はなかった。
  一同の間に僅かに安堵感が広がり、誰かが口を開こうとした瞬間―

  ぶつっ

 「ぎゃーっ!」
  何かがちぎれる音と断末魔の絶叫が耳をつんざき、室内は再び凍りついた。
  しかし今度はパクをはじめ、数人の兵士がその方向に銃口を向けたのは厳しい訓練の賜物であろうか。
  とにかく、一同が凝視した先には、あまりにも予想しがたい光景が展開されていた。
  うずくまる兵士と、上半身を起こした少年。そして少年の手に握られているのは・・・
  「な・・・・!?」
  パクはまたしても絶句した。少年がその手に握っていたのは、人間の腕とおぼしき物であった。うずくまる兵士に視線を移すと、無残にも、引きちぎられた腕の付け根から骨肉が露出し、激しい血流が水たまりのように床に広がりつつあった。
  くすっ、と無邪気な笑い声を発し少年は―パクが知る限り―初めて口を開いた。
  「このおじさんがいけないんだよ、汚い手でボクに触るから」
  そう言いながら視線を上げた少年の瞳は、さっきまで裸で震えていた少年のそれとは全く異質な、別の存在と化していた。パクが本能的な恐怖を感じ、咄嗟に拳銃の引き金を引いたのは見事と言っていいだろう。
  破裂音と共に、パラベラムが少年の眉間に小さな穴を穿った。
  その衝撃で少年の頭は僅かに後方へ揺らいだが、それだけだった。
  「・・・・・・・・・・・!!!????」
  パクは今度こそ全く声が出なかった。
  少年は数回瞬きをすると、涼しい顔で自らの額の弾痕を手でさすっているのだ。
  「あーあ、ひどいなあ、おじさん。ボク、まだ目覚めたばっかりで直りが遅いんだから」
  言いながら、少年は血だまりの中に立ち上がった。
  「打ちかたっ!」
  パクがヒステリックに号令を発する。その場にいる兵士全員が理由の分からないまま、手持ちの銃器を少年に向けた。
  ただ一人、蛭田だけが呆然としてパクと少年を見比べていた。
  「きっ、貴様、何者だ? アンチナチュルの工作員か?」
  パクが自らの理性を総動員して少年に詰問した。しかし得体の知れない絶望感が体の芯から湧きだし、パクは体を震わせていた。軍人として鍛えられた生存本能が、不可避の死を予感しているのだ。
  「アンチナチュル? やだなあ、あんなのの仲間扱いしないでよ」少年は少しだけ不愉快そうな表情を見せた「ボクはフォウ。《ANGEL》のフォウ」
  「《ANGEL》だと?」
  それは、先刻まで彼らが解除するのに全霊を傾けていたプログラムの名であった。そして、まさに天使そのもののように美しい目の前の少年も自らを《ANGEL》だと言っている・・・・・。
  「そう、おじさんたちがプロテクトを解除してくれたおかげで目覚めたんだ。一応、お礼言っとくね。ありがとう」
  そう言ってフォウは、まさに天使のような微笑みを見せた。パクたちも蛭田もその微笑みに心奪われ、しばし我を忘れた。
  「でもね」フォウの次の言葉に一同は我に帰った「おじさんたち、みんな悪い人や醜い人ばっかりだから・・・」一息おいて少年の唇が愉しげに歪んだ「破壊するね」
  全員が凍りつき、恐怖に顔が歪んだ。

  グロースヴァルトは決定的な敗北感を味わっていた。
  パクのプログラム解除が功を奏し、最終階層まで辿り着いた彼らが見たものは、最新鋭の弾道輸送機のカタパルトだけであった。まだ、燃料の燃えた臭いの残るカタパルトデッキには輸送機はおろか、アンチナチュルたちの姿もなかった。
  バカな・・・どうやって・・・いつの間に・・・」
  グロースヴァルトの呻きは部隊全員の気持ちを代弁していた。一体いつ、どうやって、地下の最下層にこれほどの設備を作り上げたのか・・・。
  呆然とするグロースヴァルトの許に、後方の捜索をしていた5人の兵士がかけよってきた。
  「少佐、生存者はどこにもいません。どの部屋ももぬけの殻か、死体があるかだけです」
  ぎりっ!
  グロースヴァルトは周囲に聞こえるほど大きな音で奥歯を噛み締めた。
  (してやられた! ヤツら、こういう事態を予想してたんだ!)
  この場でアンチナチュルを押さえられなかった以上、本国で決行されているクーデターは国民や諸外国から単なる軍事クーデターの烙印を押され、首謀者のザイヒターフェルト元帥は悪の権化という汚名を着せられてしまうだろう。
  「アンチナチュルの思うツボだ・・・」
  逃亡したアンチナチュルが何食わぬ顔で帰国すれば国民は英雄としてアンチナチュルを迎えるだろう。恐らく、本国のクローンが生きていてもいなくても、アンチナチュルが「非常用の影武者だった」と言えば、疑う者はいないだろう。

  ばさっ

  大きな羽ばたきの音がひとつ。
  その場の全員が振り返る。そして、全員があまりの光景に息を飲んだ。
  全裸の少年―その姿形は触れただけで崩れそうなほど繊細でありながらも神々しいまでに美しく、あどけなさを残す顔は少年期特有の中性的な美しさをたたえている。うっすらと微笑むその表情は春の日差しのように暖かく、湧水のごとき純粋さを思わせた。
  その人間離れした美しさだけでも充分グロースヴァルトたちを茫然自失させることができただろう。
  しかし、驚くべき点は他にあった。

  ばさっ

  白い羽に覆われた翼が、収まり具合を直すように少しだけ開き、閉じた。
  その一対の翼は、少年の背中から生えている。
  「君は・・・・」
  グロースヴァルトはやっとの思いでそれだけを口にした。
  少年はにっこり微笑むとパンフルートの音のような声で答えた。
  「ボクは《ANGEL》のフォウ。おじさんがグロースヴァルトって人だね?」
  「《ANGEL》のフォウ? なぜ俺の名を?」
  グロースヴァルトは自分の名を呼ばれたことで自分を取り戻した。
  「ボクねえ、人間の思考が読めるんだ。それにこの人が最後に会いたがったのがグロースヴァルトって言う名前だったから」
  「!?」グロースヴァルトはフォウが何かを持っていることに気づいた「パ・・・パク少尉!?」
  「そうそう、この人」
  そう言ったフォウの手が吊り下げていたのはパクの生首だった。
  その目は恐怖に見開かれ、断末魔の叫びをあげたままの口を開き、硬直していた。
  「最後までグロースヴァルトおじさんに会わなきゃ、って考えてたから連れて来てあげたんだよ」
  フォウはくすっ、と笑った。先刻、パクに撃たれた跡は完全に消えている。
  「まさか貴様・・・・」
  「だからぁ、アンチナチュルの仲間じゃないってば」
  フォウは頬を膨らませた。
  「!」
  グロースヴァルトは悪寒が走るのを感じた。
  (こいつ、人の考えが読める・・・?)
  「・・・そうだよ」
  フォウは事もなげにグロースヴァルトの思考に答えた。
  「こうやって心を読んで、醜い心や不純な心を持ってる人にはいなくなってもらうんだ。そうすると《マザー》が喜ぶんだよ!」
   (?!)
  グロースヴァルトにはフォウの言っている事の意味が全く分からなかった。そして、分かる事は永遠になかった。なぜなら次のフォウの言葉が、その場にいた全員が最期に聞いた言葉になったからである。
  「おじさんたちも全員、不純だね。見た目も美しくないし」

シーン4:大統領官邸

  サンドフィッシュ作戦と時を同じくして発動したザイヒターフェルトの軍事クーデターはこれ以上ないほど順調に進行した。
  事前工作が功を奏して国防軍同士の衝突は皆無、一部警察機関やアンチナチュルの親衛隊との小競り合いはあったものの死者8人、重軽傷者33人は軍事クーデターとしては上出来だろう。
  しかし最後の最後に、ザイヒターフェルトの目の前でアンチナチュルのクローンが自殺したことにより、このクーデターの半分は失敗となってしまった。事実はどうあれ、クーデターの首謀者の眼前で大統領が―ましてや国民から好かれているアンチナチュルが―死んだとなればザイヒターフェルトが権力欲しさにアンチナチュルを殺害したと思われることは必定だったからである。
  その上グロースヴァルトの部隊は音信不通、サンドフィッシュ作戦は最悪の結果に終わったかと思われた。その結果、アンチナチュルの悪事も暴けず、捕らえることも叶わなかったこのクーデターは国の内外から『私利私欲による軍事独裁クーデター』と非難を浴びていた。
  連日、世界各国からの非難声明、国民の抗議デモなどが相次ぎ、ザイヒターフェルトはほとんど眠る時間もないまま、それらの対応に追われていた。

  クーデターから4日目、ザイヒターフェルトは情報部員の報告に耳を傾けていた。グロースヴァルトの部隊が消息を絶ってすぐに『ソドムの宮殿』に向かった調査部隊の報告である。
  「『ソドムの宮殿』調査隊からの報告です。『ソドムの宮殿』はほぼ壊滅状態でしたが、サンドフィッシュ作戦参加者は全員の死亡が『ANGEL』1体を稼働状態で目撃した、との情報が入りました」
  「『ANGEL』? あの、アンチナチュルの『ANGEL』か?」
  ザイヒターフェルトは思わず机に両手をたたきつけ、椅子から立ち上がった。その顔には―おそらく彼の生涯でも最高級の―驚愕がはりついていた。
  「『ANGEL』は全て廃棄処分にしたはずじゃなかったのか!?」
  「頭脳に直接封印を施し、人間として隠蔽していたと思われます。それが、一昨日の《サンドフィッシュ作戦》時に何らかのアクシデントで封印が解け、活動を開始した模様です。実際に稼働した『ANGEL』の戦闘力・自己再生能力については実測データがありませんので正確な事は申し上げられませんが、スペックからのシュミレーションでは・・・」
  軍服の言葉を遮り、大統領が呟くように言った。
  「あのバケモノのシュミレーションは、1度見たら忘れられんよ」ため息をつき、椅子に腰を下ろす「で、ヤツの現在地は確認できているのか?」
  尋ねながらも、ザイヒターフェルトは全てが手遅れになっているのではないかという絶望感から、全身が小刻みに震えているのを感じていた。
  「残念ながら・・・・・。しかし、『ANGEL』開発に携った科学者チームの予測によれば、制御がはずれた『ANGEL』は『マザー』を目指す可能性が高いと思われます」

つづく


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