第二話 サンドフィッシュ作戦

by ヘルカッツェ


 「こんな砂漠にも生き物が存在してるんだなあ。」カール・グロースヴァルト少佐は夜明けの砂漠に動くものを認め、感慨深げにそうつぶやいた。
 「どうかなされましたか、少佐。」部下のひとりが振り返って尋ねた。
 「少佐じゃない。エール大学の生物学者ヴァルト助教授だ。」彼は部下を叱咤した。
  動いたものはサンドフィッシュと呼ばれるとかげの一種で、手足がちょこっと生えているさかなみたいなとかげだ。砂の中を泳ぐようにして移動するのに適応した種だ。
 サンドフィッシュだけではない。砂漠の生き物はたいてい夜に行動する。昼間は岩陰や砂の中で眠っている。そして彼らエール大学の生物学研究チーム、助教授を先頭に四十名ほどの男たち−−−本当は軍の特殊部隊であるが−−−もまた夜間に行動していた。
 砂漠の野生動物を観察するように見せかけ、彼らは“ソドム宮殿”のすぐ近くまで接近していた。夜明けに彼らはジープを降り、今日の夜営地ならぬ昼営地を設営していた。
 夜間に行動することにはもうひとつのメリットがあった。それは、アンチナチュル大統領とその三人の仲間たちの蛮行の最中に踏み込める、ということだ。
 大統領の陰の面を暴くのだ。
 自分たちが本物の大統領を捕らえ蛮行の現場を押さえたあと、軍が大統領府で執務を行っているクローン・アンチナチュルに対してクーデターを起こすことになっていた。
 あのような男どもを野放しにしておくわけにはいかないのでな。
 昇る太陽が砂漠を黄金色に染めていた。若い少佐は秀麗な眉目をまぶしさにすがめながらも、大きな日輪を見た。
 これが非常に難しい任務であることは十分に承知していた。もし失敗すれば、自分たちは非常に不名誉に処刑されることは明らかだし、また計画に加わっている者すべてに処刑の手が伸びるであろう。さらにこのソドム宮殿に捕らえられている多くの−−−おそらく百名は下らない−−−子供たちの生命を救うこともできなくなる。
 ひょっとしたら、太陽を見るのもこれで最後かもしれないな。
 そう考えても不思議に不安ではなかった。軍人というものは、不本意な任務でも命令で行わなくてはならないのである。自らが進んで遂行できる仕事が与えられたことだけで十分に幸せだった。
 「おい、アーバスノット軍曹」少佐は、さっき自分に話しかけた部下を呼んだ。
 「眠る前に皆をテントに集めてくれ。最後の打ち合わせだ。」
 「いよいよ今夜ですね。」呼ばれた男も不安のかけらもない笑顔で答えた。
 「そうだ。この打ち合わせが終わったら良く眠っておけよ。眠るのも仕事のうちだ。いざというとき力が出なくては困る。」少佐も笑って言った。
 「眠るのも<サンドフィッシュ作戦>のうちですか。あはは。」
 だが表面の明るさとは裏腹に、少佐と軍曹のふたりともこの任務がいかに困難であるかを良く知っていた。それはこの<サンドフィッシュ作戦>を知らされた時から、そして自分がそれに志願した時から、良く分かっていることだった。

 グロースヴァルト少佐がフォン・ザイヒターフェルト元帥に内密に呼ばれたのは、一週間ほど前のことであった。
 元帥の邸宅に招かれたのは初めてで、少佐は屋敷をぐるりと眺めた。全体にゆったりした採光と通風のよい家で、地位ある人間の家にありがちな値段ばかり高い「名画」などないのがこの家の持ち主の性格を表している。
 とりわけ元帥の書斎には関心させられた。書棚が壁一面を覆い、文学や歴史から軍事関係、科学技術方面の本までがぎっしりと並び、ほとんどの本がよく読まれていた。
 大きなデスクの上はきちんと片づいていたが、大きなパソコンと書類がたくさん載ったトレーそれに実用的なデスクライトを見れば、元帥が実際この机で毎日仕事をしていることがわかる。家にも仕事を持ち帰るこの仕事熱心な上司を、少佐は好ましく思った。
 しかもこの部屋は一見なにげなかったが、ドアと窓はかなりしっかりとした防弾素材を使っているようであった。また至る所に監視カメラや抜け道、隠し武器などが仕掛けられているに違いない。
 こんな部屋に呼ばれたからには、何か重大なことだろう、と少佐は思った。
 そのとき、おそらく元帥の私室から続いているのだろう、少佐の通ったドアとは反対側にある扉が開き、元帥が現れた。
 「待たせてすまなかった。こちらに来たまえ、グロースヴァルト少佐。」
 「これは、軍としての正規の任務でのお呼びではないですね。」少佐は元帥の勧めた椅子にかけてから言った。
 「さよう。まずこれを読んでくれたまえ。」元帥の顔はいつにない厳しい顔であった。
 渡された資料を読み進めていくうちに、少佐の顔もこわばってきた。
 「こんなことが許されるのですか?!たしかに大統領にはうなずけない部分が多数あることはわかってましたが……」
 「ここまでの犯罪をよくも今まで隠しとおし、今度はそれ以上の犯罪を犯そうなどと、と思うだろう?しかし、ジュスティーヌ殿が協力して下さらなければここまで暴くことができなかったのだ。」
 「えっ、ジュスティーヌ殿が?!」
 ジュスティーヌ・アンチナチュルは、十九歳のまだ若い女性であったが、美しく賢く淑やかで、人権活動や環境保護活動などに尽力する、まさに国民的美少女であった。
 「ジュスティーヌ殿は、わしの娘キルシェの親友でな。その縁でわしに自分の父親が今まで行った犯罪を、知っている範囲ですべて打ち明けて下さったのだ。」
 「では……ジュスティーヌ殿が誘拐された、というのは……?」
 「いや、わしらに打ち明けたことで誘拐されたのではない。それならもう事件から二週間だ、とっくにわしらにも何らかの手が及んでおる。おそらくジュスティーヌ殿は、自分もまた大統領の餌食になることを見越して先手を打ったのだろう。」
 「信じられない!自分の娘までこのような汚れた情欲と暴力の対象とするとは!」
 「……それがわしが大統領を倒そうと決意した理由だ。」
 しばらく少佐は、ことの重大さに圧倒されてことばもなかった。
 「クローンとは考えたものだな。だがその日が分かればクーデターにはもってこいだ。」元帥は反応を窺うように少佐をながめて言った。
 「では、“総会”がいつ行われるかも教えて下さったのですね、ジュスティーヌ殿は。」
 「そうだ。ちょうど一週間後だ。」
 「その宴会が行われているときに“ソドム宮殿”に潜入するのが私の任務、ですね?」
 「さすがは少佐。飲み込みが早いな。それは承知の返事だと思っていいのだね。」元帥は、やはりこの男に頼んで良かった、と言うように笑った。
 「はい、元帥。情報と装備と人員をそろえていただけますなら」
 「君の任務が一番重要だ。知っての通りアンチナチュルは今まで人望を保ってきた。軍や政府関係者には彼を嫌う者が多いが、まだ国民の多くは彼の真の姿を知らない。いきなりクーデターを起こしても我々が悪者になるだけだ。大統領と三人の友人の蛮行をぜひ現行犯で捕らえてもらいたい。君のためには精鋭を揃えるよ。」
 「しかしクーデターを起こすとしても、大統領のクローンが行政府にいるとなると?」
 「大丈夫だ。かなりの人数が加わっている。それに、大統領府にいるのはクローンだ。本物ほど判断力がいいとは思わない。」
 「そうでしょうか?大統領は、人間性はともかく、狡猾で賢しく、また政治的な手腕もあります。そのクローンならかなり手こずると思いますが。」
 「考えてもみたまえ。クローン、ということは双子も同然だ。もし性格や能力まで全く同じなら、身代わりとして行政府にいる間に本物を殺し、自分が本物の大統領になりすますはずだ。おそらくそうならない仕掛け、たぶんロボトミー手術か何か、自発的な意志が働かないようにしてあるに違いない。」元帥は続けた。
 「ルーチンワークならこなせても、軍がクーデターを起こすなどという非常事態には対応できない可能性が高い。だから、やつらの“総会”はたった一週間なのだ。それ以上留守にすれば当然ボロがでる。」
 「なるほど。わかりました。ではもうひとつおたずねしたいのですが、ジュスティーヌ殿はこのソドム宮殿の中に捕らえられているのでしょうか?早く救ってさしあげたいと思うのですが……。」
 「……ジュスティーヌ殿は、そこにはおられない。」
 「では、どこにおられるのですか?……知っていらっしゃるのですね?!」
 「どこに拉致されたのか、調べた。しかし……」元帥の目には涙が浮かんでいた。
 「どこにおられるのかがわかっているのに、助けて差し上げることができんのだ。ジュスティーヌ殿は、南太平洋のある岩礁に隔離されておる。そこは、一週間後、核実験が行われる予定地となっている。」
 「ええっ?!」少佐は絶句した。
 「今そこに出向いて救出するのは簡単なことだ。だがそうすれば、ジュスティーヌ殿の行方をなぜ知っていたのかが露見する。そうなればクーデターグループは一網打尽だ。」
 「では、核実験を中止できませんか?」
 「二度提言してみたが、大統領が言下に却下した。……ちょうどその日はソドムの宴の初日だ。たぶん自分の娘を核実験で殺すのを宴会のこけら落としにするつもりなのだろう。これ以上言えばやはり疑いを招く。」
 「ミサイルの進路を変えることは?」
 「それも考えた。しかしプログラムを書き換にも、全部書き換える時間がない。一部を変更して、もし多くの人のいるところに落ちたらそれこそ大問題となる。」
 重苦しい沈黙が二人の間を流れた。
 「ジュスティーヌ殿は自らおっしゃっていたのだ。もし自分が父大統領に捕まることがあったら、救出しないように、と。そうすればせっかくのクーデターが台無しになる、そうなればさらに多くの人が犠牲になるのだから、と。」元帥は目頭を押さえた。
 ユニセフの親善大使であり、人種差別撤廃のための運動やアフリカの飢餓を救う運動の中心であった彼女らしい言い方であった。
 「まさに『美徳の不幸』ですね。」少佐はため息をついて言った。

 「と、いうわけで、我々はジュスティーヌ殿の遺志を無駄にしてはならぬのだ。」
 テントの中で、グロースヴァルト少佐は部下たちに言った。テントとはいっても、言うなればモンゴルの遊牧民が使っているパオを軽くて強靱なカーボンファイバーで再現したもので、組立が簡単でかつ四十人近い男たちを収容できる広さがあった。
 「ジュスティーヌ殿の“遺志”?!」誰かがけげんそうに言った。
 「そうだ。一昨日の連絡で、核実験が予定どおり行われ、無事成功したと伝えられた……」少佐は、こみあげてくるものを押さえるために、少しだけ言葉に詰まった。
 「だから、我々は失敗できんのだ。」
 一同はしばし無言になったが、グロースヴァルト少佐はさらに言葉を続けた。
 「また、四人は予定通りソドム宮殿に入った模様。彼らを乗せて、表向きには核シェルターであるソドム宮殿に向かった飛行機は、“視察”を終えた四人を乗せて帰還したが、この四名はクローンだと思われる。」
 「クローンは通常ソドム宮殿に住んでるのですね?」とパク少尉が言った。この男とその部下たちはコンピューターの専門家集団だ。
 「そうだ。ソドム宮殿は核シェルターとして半年ぶんの食料を備蓄しているが、それはふだんクローンたちを住まわせるための食料なのだろう。またあのような贅沢な男どもが保存食料で一週間を過ごすはずもない。」
 「その補給の際に侵入するのですね?」小隊長ブランシェ中尉がそう言った。
 「そうだ。調査の結果、ごく少人数だが毎日決まった時刻に人の出入りがあることが分かった。朝十時にここから二百キロ離れた街から直行便がやってくる。運ばれるのは数人のシェフと使用人と、新鮮で高価な食材だ。」
 「そのときを襲うのですか?」
 「いや、朝ではだめだ。証拠が押さえられん。その飛行機は夕方五時すぎに飛び立つのだ。夜の蛮行を見られたくないのだろう。そこを襲うのだ。それをブランシェ中尉、君の部隊にお願いする。」
 「わかりました少佐。その飛行機はどのくらい警護されているのでしょうか?」
 「おそらく警護はないはずだ。重要なことは、ドアの暗証番号を知っている者をすみやかに探すことと、大統領に連絡させないことだ。」
 少佐はソドム宮殿の見取り図を広げた。
 「残りの部隊は二手に分かれ、すぐ近くで待機だ。私が率いる部隊は中尉とともに突入だ。警備兵はゼロで、警備ロボットはいるが、知っての通りロボットは意外にバカで訓練された人間にはかなわない。」少佐は注意を引くように一同を眺めわたしてから続けた。
 「ただし軍が把握しているだけでも数々の仕掛けがある。たぶんやつは仕掛けを増やしている。それにひっかかるな。」
 「つまりソドム宮殿は、攻めの力はほとんどないが守りが非常に堅固である、ということですね、少佐?」部隊の副官であるイトウ大尉がつけくわえた。
 「そうだ。もしわなにかかって捕らえられたら、奴らの“オブジェクト”にされるかもしれんぞ。気をつけろ。」少佐は皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
 「こんな大規模な施設に、本当に警護兵がいないのでしょうか?」とパク少尉が質問した。
 「やつの最大の弱点は、裏でこのようなことをしているくせに、誰にも知られないようにしようとすることだ。まあもし警護兵がいたら、大統領の蛮行にすぐ反乱が起こるだろう。それでほとんどすべての機構をコンピューター制御にしているのだ。」
 「なるほど、わかりました。」
 「イトウ大尉の部隊はここ、貯蔵室である第三層へ通ずるこの出口を固めろ。やつらに逃げられんようにな。パク少尉の部隊がコンピューター室を占拠し、ドアを開けたら突入せよ。三十分たって開かなければ、爆破して強行突入だ。私が率いる部隊はこの大広間に直行する。」
 少佐は図面を指さしながら言った。
 「最悪のケースは、やつが皆を道連れにすることだ。地上に戻る出口を破壊されたら地下百メートルだ、もう戻れん。そうされないためにはなによりも迅速さが大切だ。それを忘れるな。」

 アンチナチュルは早起きである。通常の、大統領としての責務を果たしている間は朝六時には目を覚ましている。それはこの男の唯一の美徳であった。当人は、自分に美徳がひとつでも存在することが気に入らないのだが、大統領の地位を保つためにはやむをえないのである。
 そしてこのソドム宮殿でも、四人のうちで最も早起きなのだ。ちょうど昼十二時きっかりにアンチナチュルは起床した。これは、日の昇る直前まで酒池肉林の騒ぎをしていたにしては確かに早く、次に早いマサクレが起き出すまであと三時間四十六分もあった。
 ちなみに酒豪のブラスハイムの脳みそからアルコール分が抜け、また酒を求めて起き出すまでに五時間七分、フトルディオが目覚め再び神を冒涜する言葉を吐き散らすまでに六時間十二分、といったところだ。
 目覚めてすぐベッド脇のボタンをいくつか押した。シャワーを浴びたあと、ころあいに壁の一部が開き、そこに朝食があった。そこが小さなエレベーターになっているのだ。
 朝食を食べ終わり食器をそのエレベーターに入れると、また自動的に下がり、再び上がってきた。するとそこにはアイロンがかけられた今日の服があった。
 昼の間だけ、一番近い大都市から腕の良いコックと使用人数名がやってくる。彼らが料理など機械ではできないことを昼間のうちにやってくれるのだ。食事や服を所定の場所に置いておくと、こちらではボタンひとつで、誰にも会わずに利用できる。
 人間嫌いでテクノロジー信奉者のアンチナチュルは、料理やアイロンがけさえも自動化したかったのだが、こういうものはどうしても機械ではこなせないものである。
 「あいつらはこの便利な設備を使っておらんようだ。馬鹿な奴らめ。」
 大統領はふふふ、と含み笑いをすると、「友人たち」の悪口を考えていた。表面上はどれほど仲がよいように見えても、悪人同士の友情などこのようなものである。
 実は、不潔好きで聖職に就いてから一度も体を洗ったことのないフトルディオは、「毎朝シャワーを浴びるなど、アンチナチュルは何と愚かな男だ。」と言っていた。
 また、乳離れ以来酒と肉以外を口にしたことのないブラスハイムは、「朝食をとりしかも野菜など喰うとは大統領も狂っている。」などと言っているのである。
 マサクレはマサクレで、人を殺せる体力を維持するために毎日一時間ほど体操と剣の練習をしていたが、特別な運動をしないアンチナチュルを内心あざ笑っているのだ。
 要するに、この四人は、非常に似たもの同士だというわけである。
 それからアンチナチュルはソドム宮殿の内部を歩いた。
 彼ら四人が居住しているのは、ソドム宮殿の最上部にある“神の城”であった。そこは清潔で(ただし大司教の部屋の内部はそうではないが)豪勢な居住区となっており、悪徳や退廃の感じはなかった。
 そこからエスカレーターで一階下がると、第一層のコンピューター室がある。このソドム宮殿を、すべて自動管理している。
 その下が第二層、調理室や洗濯室などがあって、今はコックたちが働いている。その他、空気換気システム・水浄化システムなどの実用的な、これも無人の施設が入っている。エネルギー源は砂漠の表面に置いた太陽電池パネルだ。石油もかなり備蓄している。
 その下が、設計上は三層にまたがって貯蔵室ということになっているが、実際の貯蔵室はいちばん上の第三層だけで、そのまた下、第四層が宴会の開かれる大広間だ。ここへは“神の城”から直通エレベーターがある。
 その下の階、最下層は……“オブジェクト”たちが収容されている。
 オブジェクトたちが収容されているのは、かろうじて男女別にはなっているものの、仕切もないコンクリートの打ちっ放しの空間で、その中に一週間の間に「消費」される分が詰め込まれていた。
 毎日食事と水が与えられるものの、それは家畜に餌をあたえるように、樋に流されるだけで、犠牲者たちはそれを手づかみで飲み食いしなければならなかった。
 天井にはカメラが取りつけられており、四人の悪人どもは自分の部屋で犠牲者の窮状を眺め、楽しむことができた。
 宴会の前になると銃を構えたヒューマノイド型ロボットが、選ばれた犠牲者に無理矢理シャワーをつかわせ、衣装を着けさせ、大広間へと連れ出していくのだった。
 この四台のロボットは、先人が「黒い森」で行った偉業に敬意を表して「四人の老婆」と呼ばれていた。
 ソドム宮殿の設計図には、外の砂漠に作られた空港から入る入り口と、第三層に直結している補給路の出入り口との二種類だけしかなかったはずだが、大統領は、秘密裏に、最下層に直結する入り口を作ったのである。ブラスハイムの手下がそこに、捕らえた“オブジェクト”を投げ込むのだ。
 アンチナチュルは、宴会が行われていない昼間の大広間に行ってみた。
 食べたあとの食器などはない。ここにもご自慢のテクノロジーが使われている。
 シェフたちが昼の間にこのテーブルの上にご馳走を盛りつけておくと、大広間のボタンをひとつ押すだけで自動的に天井から降りてくるのである。
 また後かたづけも不要だった。宴会が果てたのち、食器をテーブルの上に置いておきさえすれば、自動的にテーブルが動き、そこから調理室の食器洗い機に運ばれる。
 掃除ロボットが五台、床や壁を動き回っていた。そのうちの二台は、ドラム缶の底にタイヤとブラシがついたような形で、動き回るだけで床がきれいに磨かれた。一台は壁と天井を磨くロボットだ。床から天井までの長さの一面に柔らかい毛の生えた細長い円筒で、回転しながら壁を磨いてゆく。
 もう二台は、おおきな箱にクレーンがついている。家具や絵などあらかじめ形を登録しておいた以外のものを「ゴミ」と認識し、クレーンでつまみあげ箱に入れる。つまり、宴の後、残されたおびただしい「ゴミ」を集め、捨ててくれるのである。
 集められたゴミは外に捨てられた。このソドム宮殿は、砂漠に露出した岩盤のクレバスを利用して作られている。ここはもともと地上何百メートルの高さがあった岩山だったろうが、何百万年もの歳月ですっかり砂に埋もれ地下になっているのである。
 宮殿は約地下百メートルのところに作られていたが、クレバスはさらに奥深く、地下何百メートルにもわたって続いていた。ここに投げ込んでしまえば、ゴミは−−−紙屑であろうと人間の死体であろうと−−−二度と太陽の光を浴びることはない。
 アンチナチュルが大広間に足を踏み入れた時、「ゴミ」はもうひとつもなかった。おそらく最後にゴミ捨て場に向かうのだろう、ロボットがこちらの方へやってきた。
 <ぴーぴーぴー、ドウゾオタチノキクダサイ。ぴーぴーぴー、ドウゾオタ……>
 むろん、脈も体温もある物体を「ゴミ」などと認識はしない。アンチナチュルが立ち退かなかったので、ロボットはコの字型によけ、ドアから出ていった。
 「このロボットどもは、わしらが帰った後も重要な働きをしてくれる。オブジェクトが空になった最下層をきれいに掃除してくれるのでな。」と大統領はほくそ笑んだ。
 壁磨きロボットが、ちょうど壁にかけられた一枚の絵のところまでさしかかった。
 「絵にガラスをかぶせていて良かった。」
 その絵は、ボッチチェルリの『春』で、本当はフィレンツェのウフィッツィ美術館にあるべきものだ。一九九三年に美術館に爆弾をしかけ、その混乱に乗じ何枚かの名画を精巧なレプリカとすり替えて盗んだものだ。
 昨日の宴会でマサクレがオブジェクトの首をはねたとき、頸動脈から吹き出した血がちょうどこの絵を直撃したのだ。
 それを見てフトルディオは、「どうせならそこのダ・ヴィンチの『受胎告知』を汚せば良かったのに」と言った。むろんそれも盗品である。次はルーブルからコレクションがもたらされるであろう。
 ガラスには茶色く変色した血がこびりついていたが、ロボットがころがり去ったあとはまたぴかぴかになっていた。アンチナチュルはこの宮殿に使用されているテクノロジーに感激せずにはおられなかった。
 豪奢な美術品を眺めながら、大統領はこの二日間の饗宴のことを思いめぐらせていた。
 初日は・・・
 ・・・我が娘と多額の費用をかけたわりには、“殺人ショー”は大がかりすぎて少し興ざめであった。それよりは、マサクレが行きの飛行機の中で首をはねたスチュワーデスの精肉の方が良かった。
 珍しくあの大広間ではなく第四層の調理室に四人が集まった。そこには、牛でも豚でも、生きたまま放り込めば自動的に屠殺し、血抜きし、精肉する機械があった。
 残念ながら生きたままではなかったが、それでも人間が豚のように精肉されるさまは、四人の、多少のことではもう反応しない精神にもかなりの刺激を与えた。
 何よりも人間とは違って機械はペースを止めないのである。一定のペースで体を半分に割り、あばら骨をとり、湯につけて皮をべろりと剥ぐと手足を切断し、どんどん精肉していくのであった・・・
 「今晩の宴会の前にオブジェクトをひとつ生きたまま放り込んでやろうか。」
 アンチナチュルは、またひとつ新たな「趣向」を考えついたのでにたりと笑った。
 二日目は・・・
 ・・・オブジェクトの美少年のうちひときわ綺麗なのがいた。その少年は、不潔で醜いフトルディオに犯されることを嫌がってひどく泣いたので、大司教は言った。
 「じゃあ、わしので犯すのはやめてやろう。」
 それから大司教は少年のかわいらしい一物をひどく刺激し、勃起した根本をきつく縛り血止めをして切り落とした。そしてさらにそれを、少年の若気に差し込んだ。
 「ひひひ、自分自身に犯されるというのは、どういう気持ちかい?」
 「気絶するのはまだ早いよ。」マサクレは相変わらずの無表情で近寄ると、ほとんど気を失っている少年の前の方に回り、今度は睾丸を切り落とし、
 「これじゃあもう男の子じゃないね。幸い顔がかわいいから、女の子にしてあげよう。」と言うとマサクレは、サーベルで股間を深く切り裂き、その即席玉門を犯した。
 そのときブラスハイムは少女の体を裂いていた。さきほどまでその娘を犯していたのだが、舌を噛んで自殺しようとしたのを見て言ったのである。
 「オブジェクトには自分の意志で死ぬ権利などない!! はははっ!!」
 そう叫ぶと少女を殴り倒し、持っていた銃を膣の中に差し込み引き金を引いた。弾丸は少女の体内をずぶずぶと芋刺しにして最後に頭のてっぺんから飛び出し、砕けた頭から血と脳漿が飛び散った。
 そこで弾丸がどのように内臓を貫いていったのかを調べるため解剖していたのだ。
 「警視総監。いいことを考えたのだが。」大統領は友人を呼んだ。
 大統領は、壁に鎖でつながれ、これまでの狂気の宴を目の当たりにして放心している子供たちの群を値踏みするように眺めていたが、そばに寄ってきたブラスハイムにそっと耳打ちをした。それを聞いて警視総監は残忍な笑いを浮かべると、
 「それならできるだけ若いのがいいだろう。」と言い、犠牲者たちを一瞥した。子供たちは縮み上がり、本能的に後ずさりした。
 「わははははっ、そんなことをしても無駄だ。おまえたちはどうせ、遅い早いの差はあっても全員、今夜中には死ぬのだ。早いうちに死ぬ奴の方があのような光景を少しでも見ないで済むだけ果報者ということだ。」
 そう言うと小柄で華奢な十一歳くらいの少女を選び、鎖から外した。少女は泣き叫んだが、むろん二人の悪人がやめるはずもない。ブラスハイムは直径十センチ、長さ四十センチの超巨大な一物を、小さな未開拓の穴にあてがい、痛がるのも構わず貫いた。
 「ほうれ、根本まで入った。」ブラスハイムがそう卑猥につぶやくと、
 「今度はうしろのほうも使ってあげるね。前と後ろを同時に水揚げしてもらえる女の子って、有史以来君が初めてかもしれないね。」とアンチナチュルは残忍な猫なで声でそう言い、友人よりはやや劣るものの、それでも直径八センチ長さ三十六センチの一物を少女の若気に無理矢理さしこんだ。
 二人の男が激しく腰を動かすうちに、びりりとくぐもった変な音がし、少女の股間から血がぼたぼた落ちてきた。それは処女を奪われた出血ではなく、直腸と膣が裂けた出血に違いない。気絶した少女を犯しながら、大統領は大将軍と大司教のほうを見た。
 フトルディオは血のしたたる少年の生首を持ち、首のない少年の尻を舐めさせていた。 少年の脳はまだ生きているのか、目玉が動いておのれの肛門を舐める恐怖と嫌悪を浮かべ、マサクレはいつもの無表情でサーベルを拭っていた・・・・
 アンチナチュルは、昨夜の宴会を思い出して笑い、今夜はどうやってそれ以上の宴会ができるだろうか、と考えていた。

つづく


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